日常アウトサイダー | ナノ




 ――何をしても“人並み”としか言いようがないのだ。

 たとえば『おゆうぎ』だとか『おえかき』だとか、皆で同じことをやって心から楽しいと思えたのは、せいぜい小学校の低学年くらいまでだった気がする。
 年齢が二桁になる頃、まだ思春期も迎えていなかった頃、俺は人間に優劣があることを知った。
 一個人としてではなく、得手不得手の話だ。
 あるクラスメイトは、テストでは必ず満点を取る物覚えのいい奴だった。また、他の生徒は体育の時間になると途端に輝く奴だった。ピアノのコンクールで賞を取った子だっていたし、誰よりも植物に詳しくて園芸委員会の中で重宝されている子もいた。教室の端で静かに読書をする姿が似合う女子は、とある日の調理実習で大活躍を果たした。
 皆それぞれ、苦手なものがある。しかしそれと同じくらい得意なものを持っていた。
 しかし俺はというと、けっしてそのようなことはなかった。
 これといって苦手意識を持つものはなかった。それと同様に、特技を聞かれるとそのたび首を傾げていた。何をしても結果は“そこそこ”なのだ。勉強することは苦ではなかったが成績はいつだって中の中だし、運動会でクラス対抗選抜リレーの選手に選ばれたことは一度もない。ましてやピカソもびっくりの画力や、天使のような歌声や、類い稀れな才能など何一つ持っていなかった。
 これでもし誰もが魅了されるような容姿を持っていたとしたら、俺も少しばかり救われたのかもしれない。しかし、地球が突然自転方向を変えるくらいのことがあっても俺はアイドルにはなれないという事実は、他の誰よりも自分自身がよく分かっていた。

 俺は“普通”から脱却したかった。すべてが人並み、中の中、無個性なんてまっぴらだ。
 故郷から遠く離れた地の、間違いなく俺などお呼びでないような偏差値の中学を受験しようと決めたのはその頃だ。毎日何時間机にかじりついたのかもう覚えていないが、勉強をしすぎて阿呆になるのではないかと思ったほど参考書と向き合っていたのだけは確かだ。
 結果、補欠合格者という枠になんとか滑り込むことができた。これで俺は、普通に地域の学校にあがって、普通に普通レベルの高校に行って、普通の人生を送ることはないのだ――と思った。
 引っ越しの準備もそろそろ終える頃だっただろうか。更なる“特別”を見たくなった俺は髪を染めた。一目見たら忘れられないような珍しい色だった。平平凡凡な顔の作りにはとても似合わなかったが、俺はとても満たされた気分だった。


 入学式当日、新入生代表として舞台に立つ人間を見る直前までは。


 代表の挨拶は、『優等生』を分かりやすく図解したような、漫画に出てきそうな奴がおこなった。規定通り――むしろ規定以上だと思われる制服の着こなし、伸びた前髪はきれいに七:三の比率で分けており、顔には派手でない眼鏡が乗っかっている。絵に描いたような『模範生徒』。

(アイツ……何なん!?)

 俺は、それがどれだけ『普通』からかけ離れたことであるのかを知っていた。
 だって、ここは地球の日本だ。現実世界だ。漫画に出てきそう、というあたりで既におかしいのだ。だって漫画は現実ではないのだから。こんなベタな優等生、そこいらを探したって簡単に見つかるものではない。
 俺は呆気にとられた。こんなの、姉貴が好きだった古くさい少女漫画でも見たことがない。いちばん驚いたのは、奴にとってはそれがいたって普通で、当たり前であるように見えたことだった。自分の非凡さを、自覚していないのだろうか、こいつは。

 今まで巡り合ったことのない非日常な光景に釘付けになっている間に、挨拶は終わりに近付いていたらしい。文面を読み終わった奴は名前を言って、元々あった折り目を崩さないようにそれを畳むと礼をした。顔が上がりきる直前、ふと、眼鏡の奥にある瞳と視線がぶつかった。穏やかな笑顔からは想像もできないような、鋭い目だった。
 ――胸騒ぎがした。



 それが普通を嫌う俺と、普通にしているつもりらしいがどこからどう見ても普通じゃない男、柳生比呂士との出会いだった。










******
理想の仁王雅治像、理想の柳生比呂士像を思い切り詰め込んだ。
82と呼ぶのは差し出がましいですね。

2012.3.12.

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -