四文字 | ナノ



 学校帰りに通る駅に続く道で、よければどうぞと長細く切られた色画用紙を手渡された。不思議に思っていると、折り紙で作った様々な形の装飾が目に入る。そういえば今日は七夕か。基本的に年間行事にあまり興味がない家庭で育ったのですっかり抜けていた。何の気なしに手に持ったそれをじっと見ていたら、隣にいる柳生が「何か書いて帰りますか?」と笑った。願望を人に晒すつもりなどなかったし神頼みなんて馬鹿げているとも思ったが、柳生がそう言うのなら短冊に願いをしたためてみるのも悪くないかもしれない。
 配っているだけあって流石と言うべきか、その日は屋外にも関わらず道端の一角に短冊を書くための長テーブルが設置されていた。用意された色とりどりのペンの中からオーソドックスに黒を選ぶ。いざ書こうとしたその時、傍らに置かれた笹が目に付いた。他のものより幾分か寂しいとはいえ、それでも数にして三十は超えるであろう短冊の中からどうしてそれを見つけてしまったのかが分からない。

 ――“今年こそあの人に告白できますように”。

 横に書かれているのは俺の知っている名前だった。同じクラスで美化委員をやっている、クラスでは比較的おとなしい女子。柳生の好みのタイプと言えなくもない感じの。下手したら本人に見られるかもしれない人目に触れるこの場所に想いを込めるところだけは、ちょっとどうかとは思うが。
 彼女の願い事はあくまで『告白すること』で、『両想い』ではないあたりに彼女の控えめで心優しい性格が窺える。この、たった一文で。
 時折彼女が柳生に熱い視線を送っているのには気付いていたので今更驚きも何もないが、面白くないのもまた事実な訳で。俺は奴の事が好きで(奴も俺も男だが)、柳生もその気持ちを受け入れてくれて今では人並みにお付き合いとやらをやっている(全然それっぽくもないのだけれど)。その俺の恋人に想いを寄せる、別の人間(しかもそこそこ可愛い)。面白い訳などないのだ。
 彼女にしてはとばっちりもいいところだろうが、お前さんに被害は及ぼさん。だから、柳生に見えないようにこっそり短冊をひっくり返したことだけは許してくれ。

 一度放したペンを左手で持ち直す。願い事を乗せたそれを、俺は笹には吊るさずズボンのポケットに突っ込んだ。

「おや、吊るさないんですか?」

 先に書き終えて俺を待っていた柳生が、不思議に思ったのか声を掛けてきた。俺は笑顔でそれに答える。

「ええんよ。吊るす程の事も書いとらんし」
「ですが折角なのにもったいないですよ」
「だったらこれお前さんにやるわ」

 柳生に向かってまるで捨てるように短冊を放り投げた。その持ち前の運動神経で綺麗にキャッチされて少し悔しかったのは内緒だ。
 短冊に書かれた文字に視線を移すと、それまで怪訝そうにしていた柳生の表情に少しだけ驚きが混ざる。奴の眼鏡の奥にある切れ長の瞳が俺のせいで動くのは非常に気分の良いものだった。

「……なるほど、これは確かに吊るせませんね」

 貴方は本当に素直じゃないですね、と言われるのも柳生になら構わないかなと思った。少し呆れたように微笑んで、その視線がまっすぐと俺を見る。

 実は少しだけコンプレックスを感じている癖のある文字で、俺が記したのは。
 たった四文字、“キスして”とだけ。



 睫毛が触れ合うくらいの距離にまで顔が近付いた頃、ようやく俺も目を閉じた。










******
多分この柳生は仁王君が短冊を裏返した事実に気付いている気がします。柳生の方が上手。
しかし人目につくかもしれないところでちゅーすんな、と書きながら自分でツッコんだ。

2010.7.7.

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -