狼少年の真 | ナノ



 せっかく二人きりでいられる休日だというのに、柳生の部屋に来てからというもの俺がたったの一言も話さないものだから、ついに柳生は顔を背けてしまった。
 最初は「仁王君、仁王君」と笑顔で、心配という感情が混ざりながらも話しかけてくれていたのに、すっかり疲れてしまったらしい。決して柳生の機嫌を損ねたい訳ではなかったのにまた失敗してしまった。
 ごめん、ごめんなさい柳生。申し訳ない気持ちに締め付けられそうなりながら寂しい背中に抱きついた。柳生が俺を振り払おうともがくものだから俺は離れないようにしがみついているのに必死だった。
 しばらくの間攻防を繰り返していたが、先に折れたのは柳生だった(そもそも俺は折れるつもりなど端からなかったのだが)。肩から大きく息を吐くと俺の方に振り返る。俺の髪を撫でるその手はとても優しかった。

「……どうしたんですか、仁王君」
「……」
「言ってくれないと分かりません」
「……」

 仁王君、と柳生は諭すように俺の目をまっすぐと見つめてきて、俺はたまらない気分になった。
 そんな哀しい顔をしないで。
 柳生を傷付けたくない、のに。

「……無口になりたい、て思って」
「……どうして?」
「嘘ばっか言うから」

 だから何も話さないでおこうと思った、なんて言ったら柳生は馬鹿馬鹿しいと笑うだろうか。
 いつだって俺は素直でいられない。柳生には正直でありたいのに、口から出るのは偽りと出まかせばかり。柳生が好きだと告げてくれても「嫌いじゃない」と生意気な返事をしてしまうし、せっかく俺を気にかけてくれても切り返しはいつも「別に」。ついつい喧嘩を売るようなことを言ってしまったり、愛の言葉を囁く柳生に背を向けてしまったりもする。
 俺はこんなにも柳生比呂士を好きでいるのに、伝えられない。もどかしい。
 だから、いっそのこと無口な人間になってしまおうと思った。
 自分の大嫌いな『嘘吐きな仁王雅治』のせいで柳生がつらい想いをするのが嫌だった。
 たとえば一度でも柳生に好きだと伝えることができたら。たとえば一度でも俺をキモチよくしてくれる柳生に拒否ではなく素直に「もっとして」と言えたら。どれだけ良いのだろうか――なんて、馬鹿みたいに考えたりもする。
 結局また傷付けてしまったけれど。

 ひとつ、またひとつ。
 額からはじまり瞼、頬、くちびると、優しくてあたたかい柳生のキスが降ってくる。

「ん、」

 耳たぶを甘く噛まれてぶるりと身体が震えた。とても自分のものとは思えないような声が出て、羞恥に耐えられずに口を利き手で覆う。
 柳生の顔が少し下がったのを見ると同時に首筋にチクッとした痛みが走った。

「や、ぎゅう」
「仁王君。情けない話ですが、私はあなたの考えていること全てを理解できるわけじゃないんです」
「え」
「ですから。――そんなことを言わないで」

 あなたの嘘なら見破れますが、何も言わないでいられると分からないでしょう、と柳生は言った。俺が着ているシャツのボタンを上から順に外すその最中もレンズ越しで見つめてくることが腹立たしくてしょうがなかった。眼鏡を乱暴に外して放り投げると、柳生が俺の唇に噛み付いた。

「ねえ仁王君。
 あなたが嘘吐きで良かったです。きっと常に素直でいられたら苛めたくてたまらなくなりますから」

 俺は返事をするかわりに、柳生の背に腕を回した。





 狼少年の物語を思い出す。
 嘘吐きだった少年は最終的に誰にも信じてもらえず狼に食べられる。
 だけど俺は柳生になら食べられてしまってもいいと思った。










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タイトルの読み方は狼少年の『まこと』です。

2011.3.24.

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