恋の劇薬 | ナノ





※メンタル系閲覧注意
※痛い
※気持ち的にR-18






































 目を覚ますと辺りは紅い世界と化していて、剃刀を握りしめた仁王君が静かに涙を流していた。におうくん、と声を掛けると彼はハッと驚き、声を荒げ訳の分からないことを叫び喚くばかり。そのきれいな瞳から零れるしずくを拭おうと利き手を伸ばすと、肩をビクリと震わせごめんなさいごめんなさいとうわ言のように繰り返す。枕を抱き締め怯える彼の右手には無数の切り傷が刻まれ、そこから滴る血液が枕を真っ赤に染め上げる。その姿に耐えきれなくなった私は、実物よりずっと小さく見える彼の身体を抱きしめた。

「っ、ごめ、なさいっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「仁王君、仁王君しっかりして!」
「……やぎゅう……?」
「仁王君……大丈夫、大丈夫ですから」

 髪を優しく撫ぜる。寝間着が血塗れになることなど最早気にしていられなかった。私まで泣きそうになったけれど、布越しに仁王君の体温を感じ取ることでなんとか平常心を保っていた。
 仁王君の鼓動を感じる。
 大丈夫、彼は今もこうして、きちんと生きている、から。

 背中を優しくさすって、泣き続ける仁王君をなだめた。サイドテーブルに置かれているのはすっかり汗をかいたコップと大量の錠剤。
 また薬の量が増えた。
 睡眠導入剤と精神安定剤、抗うつ剤、食欲増進剤。これらすべてを服用しても仁王君が夜安心して眠れる日はない。
 時に安心させるために私は彼を抱くけれど、触れるたび痩せていく胸に戸惑いを隠せるはずもなかった。
 達した直後だけは本当に幸せそうに私に愛を囁いてくれる。けれど二時間も経つと起き出して自分の手首に剃刀を当て泣き崩れるのだ。
 私は何もしてやれない。ただ彼を抱きしめて、泣き止むまで触れることしかできない自分がもどかしかった。
 どうにかして彼を楽にしてやりたくて私は精神科医を目指した。心理学も学んだ。しかし打開策は未だ見つかっていない。

 仁王君の身体は震え続けている。ごめんなさいという言葉が痛い。あなたは何も悪くない、のに。
 彼を包み込んで二人で気持ち良くなってそのままひとつになりたい。溶けて混じり合ってしまえたらいい。決して叶わない願いだけれど。

 ようやく落ち着きを取り戻した仁王君の額に一度キスを落とし私はベッドから降りた。傍にいたいのは山々だけれど、まずは手当をしなくてはならない。救急箱を取りに行くついでに何か飲み物でも用意しよう。すぐに眠ってしまえるようにお酒の方がいいのかもしれない。
 ワインでもどうですかと尋ねると、仁王君はほんの少しだけ表情を緩めて「ホットチョコレートがええな」と可愛いことを言った。私はそれを了承し、部屋を出る。










 お目当てのものを手に入れ、ホットチョコレートを作るべくカップを温めていた。仁王君の泣き声はもう聞こえない。それにひどく安心する自分と、心情穏やかでない自分が私の中で共存している。
 安心するのは、仁王君が落ち着いている証拠だから。
 穏やかでないのは――彼が生きているかどうかを確認することができないからだ。

 ねえ、仁王君。
 あなたはどうして生きているんですか?
 そんな辛い目に遭ってまで、どうして生きようとするんですか?

 本当は、たったひとつしかない彼を救う方法なんて、とっくの昔から知っていたのだ。


 私は彼のためのホットチョコレートに錠剤を落とし、かき混ぜた。





 居間のテーブルにウイスキーのボトルが置いてあった。
 傍らには半分ほど注がれたグラス。仁王君が飲んだのだろうか。
 瞬間、とてつもない頭痛が私を襲った。
 私はそれを抑えるようにグラスの残りを飲み干し、愛する彼の元へと戻った。









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愛する人を救うためなら何だってやる。

2011.2.12.

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