ジュリエットは悲劇を笑う | ナノ


 突然仁王君が「ロミオとジュリエットは本当に悲劇だったかのう」なんて言い出すものだから、私はついおかしくなってしまった。万国の人々に愛されてきた哀しい恋物語を根本的に覆すような発言、なんて。

「どうしたんですか、いきなり」
「例えばお前さんが今読んどるマクベスは『女の股から生まれた人間には殺されない』と予言をされて、帝王切開で生まれた男に殺される」
「結末は知っていますので別に構いませんが、普通は言いませんよ、そういうの」
「だがな、」

 途中で言葉を切った仁王君は欠伸をすると、勝手に私の膝を枕に仕立て上げ寝心地のよいポジションを探し始めた。細く柔らかい髪を撫でると気持ち良さそうに目を閉じた彼はさながら猫のようだ。
 まだ私も知り得ない彼の本来の髪色を探るようにそっと其処に口付けを落とした。

「奴は殺されるだけの事をしとる。じゃけぇ死んでもなんの悲劇でもないと俺は思う。正直ザマアミロじゃ」
「マクベスは夫人にけしかけられている訳ですが」
「所詮その程度の信念しか持っとらんかったってことじゃろ。女を見る目もな」
「なるほど」

 確かにそうですね、と笑うと彼は満足そうに口の端を上げてみせた。

「だから、俺にとってマクベスは喜劇」

 非常に彼らしい発想に私はなぜだかとても嬉しくなり、彼の額に唇を寄せた。擽ったいのか一度大きくぶるりと身体を震わせた仁王君は、仰向けに寝直しその色素の薄い瞳に私を映す。
 しばらく黙ったままでいたのち、くちびるの動きだけで何かを訴えかけてきた。読唇術なんて心得ていないけれど仁王君のことならすべて手に取るように分かる。キスして、などとなかなか素直に可愛いことを言うので、呼吸を止めてしまうほどの激しいキスを差し上げることにした。

「俺がロミオとジュリエットが悲劇だと思わんのは、な」

 うつろな目で、乱れた息を整えながら、彼は続きを話し始めた。

「ロミオとジュリエットは決して不幸ではないと思うから」
「というと?」
「恋人の隣で死ねることほどシアワセなことはなか」
「……ほう」
「好きな人と生涯を共にするより、好きな人と一緒に死ねる方が幸せやと、俺は思うんよ」
「……そうですね」

 彼はおもむろに私の眼鏡を外す。
 今まではっきりとしていた輪郭がぼやけた。私の膝の上で横になる仁王君の楽しそうな表情しか分からない。それだけ理解できれば十分だ。きっとこれが正しい世界なのだろう。私にとっても、彼にとっても。

「――のう、やぎゅう」





 俺等はシアワセになれるんかのう?





 私はその問いに答えるように、

 目の前にいる、愛しいひとの首を絞めた。










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リハビリ作品。
過去最多のキス回数を誇る。

2011.2.2.

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