『世界一情けなくて格好良い兄の話』 | ナノ











※柳生妹(捏造)視点





























 わたしの家系には、医療関係に勤める方が多いです。祖父も祖父の兄も医者でしたし、父は今尚現役。看護士の親戚だってたくさんいます。
 そんなサラブレッドな家に生まれた兄は、これでもかというほど他人の血が苦手でした。
 嫌だと泣いて喚くなら「まだ小さいからしょうがないね」で済みますが、兄はそうではありませんでした。彼の場合、すっと青ざめて、その場で固まってしまうのです。しばらくすると身体がぶるぶると震え出し、出血した当人以上にパニックに陥ってしまいます。
 一度両親にそれとなく聞いてみましたが、幼い頃に特にきっかけがあったわけでもないそうで。
 兄はそれでも向き合おうと頑張っていましたが、そのうち自分の父の背中を追うことを諦めました。
 親戚に兄を責める人間はいませんでした。誰にだって得手不得手はあるし、生きていくうえで兄にしかできないことを探せばいいと。
 兄はそれでも、思うところがあったのでしょう。中学に上がり、いつ自分の苦手な『他人の血』と出くわすか分からない運動部に所属しました。そりゃあ、妹のわたしから見ても異様な怯え方ですから。医者の道を絶つにしろ、日常生活に差し支えのない程度には回復できたら良いと願っていました。
 そのうち兄は外で呆然と立ち尽くすことがなくなりました。
 ですが克服したのではありません。あくまでも冷静を装い、自室に戻ってから一人で震えていたのを妹はきちんと知っています。
 その姿を見て、兄にとって血液はどこか地球ではない別の星の物質なのかもしれないなと思いました。きっと一生相容れないのだろうな、と。

 兄は真面目で成績も良い優等生でしたが、それでも、年頃ですからね、お付き合いしていた女の子もいたみたいです。
 実はわたしがまだ小学校に上がる前の頃、こっそり彼女に会わせてもらったことがあります。
 第一印象は、少しだけ、怖かったです。彼女の髪は常人とは違った色合いをしていましたし、目つきもあまりよくありませんでしたから。ですが幼いわたしにも彼女は笑って、とてもよくしてくれました。一瞬で、わたしはそのお姉さんのことが大好きになりました。
 兄とお姉さんは何度か喧嘩もしながらも、その都度二人で話し合い、お互い向き合ってきました。そして二人で同じ時間を共有し、同じように年を重ねて、二年前に結婚しました。
 皆笑ってあたたかい拍手を贈っていましたが、その中でもいちばん祝福したのはわたしだったと思います。雅ちゃんと本当の姉妹になれて嬉しいと泣きました。とびきり綺麗なドレスを着た彼女は、ウチも、と頭を撫でてくれました。へたれで怖がりな兄ですがよろしくお願いしますと何度も頭を下げると、酷い言い様じゃな、その通りじゃけど、とわたしの大好きな笑顔で言いました。

 そんな兄が、先日父親になりました。

 義姉から話を聞いて、わたし、腰が抜けるかと思いました。
 兄は出産に立ち会ったそうです。どれくらい出血するか分からない現場で、必死に義姉を支え、ずっと手を握っていたのだそうです。その後赤ちゃんの産声を聞いて、まるで漫画のように倒れてしまったらしいですけれど。
 義姉が笑いを噛み殺しながらわたしに教えてくれました。
 ああ、あんな情けなかった兄は、父親になったのだな。一人隠れて怯えていた彼とはもう違う、家族を守る男性になったのだ、と、その時に思いました。
 気が付いたら涙で義姉さんの顔がよく見えませんでした。
 わたしは義姉に、兄のところに来てくれてありがとう、兄の宝物を増やしてくれてありがとうと言いました。泣きながらだったのできちんと伝わらなかったかもしれませんが、義姉は、うん、と結婚式の日と同じように頭を撫でてくれました。

 兄は文字通りの親馬鹿な父親になりました。
 自分の娘を溺愛している兄の『他人の血アレルギー』は、徐々に収まりつつあります。制御が効かず掻きむしってしまった姪っ子の鼻の頭を消毒して、苦しくないように絆創膏を貼ってあげるのだそうです。
 今の兄を、妹ながら、心から格好いいと思います。
 だから――誰よりも先に気を失ったことは、わたしと義姉さんだけの秘密にしておこうと思います。










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この後二人には娘の寝顔を見ている比呂士のところにぎゅーってしに行って「可愛い奥さんと可愛い妹と可愛い娘に囲まれる気分はどうじゃ」とか言ってもらいたい。

2015.2.27.

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