トワイライト | ナノ



 丸井が一番いいんだ。
 そう伝えると彼は照れ臭そうに頭を掻いて、そっか、と笑った。
 自分で天才的だのなんだのと言う癖に、人に褒められるとその都度こんな反応をする。こういう時、普段からどことなく大人びている彼を身近に感じる。いつも年相応に振る舞う彼は、その実冷静に周りをよく見ている。

 本を勧めてもらうなら丸井が一番良かった。蓮二とも柳生とも俺は好みが違っていて、その点丸井なら安心してお願いすることができた。彼は読むジャンルこそ広くないけれど、確実に面白い作品を紹介してくれる。
 友人でいるためには必ずしも趣味が一致していなければならないわけではないけれど、少なくとも今の俺にとって丸井の存在は有難かった。予定の入っていない放課後の活用の仕方を俺はまだよく知らないから。
 大会が終わってもうすぐ一ヶ月になる。テニスは変わらず好きだったけれど、今は少しだけ離れたい気分だった。
 ある種の燃え尽き症候群なのかもしれないと悩んでいたら、丸井はいつもの軽い調子で、いいんじゃね、それで、と言ってくれた。
 そうして差し出されたのが、たまたま鞄に入っていたらしい短めのエッセイ本だった。俺より背の低い彼は、それでもやっぱり俺より一年近く早く生まれている。

「最近、自分でも本を選ぶようになったよ」

 陽はまだ随分高い位置にあったけれど、前髪を揺らした風は冷たかった。
 もうすぐ神奈川にも秋が来る。

「エッセイやノンフィクションが多いんだけど、その中に、一般の人が書いた闘病記があってね」
「へえ」
「少しね、俺もそういうのをやっておけばよかったかなって思った」

 教室はいつのまにか二人だけの空間になっていた。
 時間を確認するためにポケットから取り出された丸井のスマートフォンには、ケーキの形をしたイヤホンジャックがぶら下がっている。そろそろモンブランの美味しい季節だろうか。丸井に頼んだら、作ってくれたりしないだろうか。
 どうやら俺は入院を経て随分我侭になったらしい。しばらくは直すつもりのないことに彼はきっと気付いている。画面から目をずらして俺の方を見た丸井は、呆れたように笑った。

「幸村君には無理」
「どうして?」
「幸村君はそんなことしたら死んじゃうから」

 何気なく発された言葉が、俺の体内でこだまして、そのうちじわりと浸透した。丸井の言葉には脈絡がなかった。それでいて、あまりにも正しいことを言われた気がした。彼はいつだって誠実で嘘を吐かない。
 なんとなく、ああ、丸井が言うならそうなのかもしれないなと思えた。
 俺は入院中に日記を書かずにいたことを幸福に思った。

「……寄り道して帰らない? ケーキ、奢るよ」
「何で?」
「なんとなく、そんな気分だから」
「うわ、俺、幸村君の財布を食い荒らさないように注意しねえと」
「大丈夫、上限は決めるから」

 無邪気に笑った丸井は、いつもどおりの彼だった。



 夏の終わりに躊躇った、秋の近付くある日の話。










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読書好きの丸井君を推奨し隊。

2014.9.6.

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