優しい嘘 | ナノ








※柳生→仁王前提


















 夏もど真ん中である本日、暑すぎず日差しは優しく、何をするにも気候に恵まれた日だった。晴天というのはそれだけで気分のいいものだ。午前中のリハビリが普段以上に順調だったのも、参考書の問題がすらすら解けたのも天気が良いことに関わっている気さえする。蛙やカタツムリには申し訳ないけれど俺は晴れた日の方が好きだ。
 病院の中庭を散歩でもしたいと思ったけれど、それはまたあとですればいいと思った。俺は柳生の話を聞くことだって好きなのだ。
 同じテニス部である柳生は、最近部活が終わるとすぐにこの病室を訪ねてくれる。文庫本を借りたり、参考書で詰まった部分を解説してもらったり、日によって過ごし方は様々だけれど最近はもっぱらお喋りだ。まるで噂好きの女子にでもなった気分で、不思議だが悪い気分ではなかった。大人になればこの状況にお酒を含むようになるのかもしれない。

「聞いてください。今日ね、仁王君がまたひどい悪戯をしたんです」
「へえ、どんな?」

 柳生の話はどれもわくわくして面白いけれど、大体は仁王に始まり仁王に終わる。彼はダブルスの相方である仁王に日々困らされているらしい。けれど彼の表情は迷惑を被った様子でもなく、俺が入院する以前よりもずっと生き生きとして見えた。毎日が刺激の連続のようで、本当にあのひとは、と笑う柳生はえらく楽しそうだった。俺はそれを笑って聞いていた。
 俺が質問すれば柳生は何にでも答えてくれた。まるで仁王のことならなんでも知っているようだった。彼はそれほど仁王を大事に思っているのだろう。少し悔しい気もしたけれど、俺は笑っていた。

 ――いつまでも、このままでいられたらいいのにと思った。





 帰ると言った柳生をエレベーターまで送り届けて、俺は一人で病室までの廊下を歩いた。
 経過は非常に良好だ。退院の日程ももう決まっている。それでも、できることなら少しでも長く柳生とこうして話をしていたい。退院してテニス部に戻って、現実を見つめるのはあまりにも怖かった。俺の手ですべてを壊してしまう結果に成り得るから。

『柳生の様子は変わりはない?』
 先日丸井に送ったメールの返信にはこう書かれていた。
 しっかり部活動には参加しているが、休憩中は専ら一人でぼんやりとしていると。
 全国大会に差し障りがあってはならないと、部内では丸井が、外では俺が十分にサポートしてきたつもりだ。けれど彼は結局俺には心を開いていない。
“我が部の優秀なシングルスプレイヤー”である柳生は孤独だった。

 病室の扉を静かに開く。
 もうすぐ、この部屋に個室から誰かが移ってくるらしい。
 病気や怪我は、どんなに難しくてもいつかは癒える。しかし心に負ったものはそう簡単にはいかない。
 柳生は一体何を抱えているのだろう。たった一人で、どんな大きなものを背負って現実に抗っているのだろう。いるはずのない自分のパートナーを作り上げてまで。

 俺はスケッチブックを開いて、柳生の面影を残した誰かを描き始めた。彼の望むままの仁王雅治を、描いた。
 こんなものに頼らなくても、もっとお前を大事に思う人間は傍にいるのにね。
 その呟きは飲み込んでスケッチブックに落とした。










******
「それでも俺じゃ駄目みたい」。

2014.8.8.

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -