他殺願望 | ナノ
頼むなら柳生だと思ったんだ。
幸村君の言葉が心に深く突き刺さった。
病院という場所はいつ来ても愉快な気分にはなれないものだと思った。仕切りのカーテン、壁、新しいシーツ、サイドテーブルまでも白い。白という色は清潔感があるが、少なくとも私にとっては唐突に不安を掻き立てるものだった。
医者という立場である父の環境を知っているからか、病院を安易に病気を治してくれる場所だと思えない。終わることだって多いのだ。
スライド式の扉を開けると、幸村君は隅のベッドで横になって眠っていた。ここに来てから普段以上に規則正しい生活を送っているよ、と笑った彼が真昼のこの時間に転寝をしている。それだけ闘病というものは体力を使うのだろう。
彼の受けようとしている手術がけっして簡単なものでないことを私は知っている。それを理解していながら彼に頼まれた『届け物』をする私は、どれほど非常識な人間に見えているのだろうか。
鉢植えを持ってきてほしいんだ、と彼は言った。学校の片隅で静かに育てていた大事な苗をなんとしてでも枯らしたくないから、と。
入院中になんて冗談を言うのだと私は相手にしなかった。それでも彼が繰り返し懇願してくるものだから、結局私の方が折れたのだ。
彼は生半可な気持ちで病気と向かい合っているわけではない。ましてや妙な願望など持っているはずがない。けれども彼の言動は私の理解を超えるのだ。
――まるで、自分の中の病気を、己の手でゆっくりと育てていくようだ。
あの日の会話を思い出した。
『わざわざ持ってこなくても、私が面倒を見てもいいんですよ』
『やだよ。柳生はそういうの下手くそだから、きっとすぐに駄目にする』
『知らないことは調べれば良いし、それでも分からなければあなたに聞きにきます』
『そういう問題じゃないの。あの鉢植えはさ、俺にとって子供みたいなものなんだよね。我が子の面倒を他人に任せられる訳ないだろ』
『……そうですか』
本当は強引にでも奪って、割ってやりたいと思った。そして、私がそれを実行に移せないことを彼はきちんと知っている。
“頼むなら柳生だと思ったんだ”。
こういう形で認められることがこの上なく嫌だと思った。
枯れるか、腐るか、散ってしまえばいい。
膨らみつつある蕾は白かった。今の幸村君の首筋の色とよく似ている。
――どうせ殺されるのなら、病気ではなく『 』――
私は丸く白い蕾を絞め殺したい願望を抱えながら、わざと目立つ所にそれを置き彼を起こすことなく病室を後にした。
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入院中の幸村を掛け合わせるともれなく病むのが仕様。
2014.8.7.