揺らぐ影を踏む | ナノ



 ――消えた幻想は、どこに向かうのか。

 潮の香りに包まれた帰り道は橙色に染まっていた。普段は海水浴客で賑わうこの町だが、今日は波のさざめきと、時々車が通る音以外に何も聞こえない。ひどく静かなのは、それはそれで落ち着かない。
 前方を歩く仁王君の後姿を眺める。
 生温い風に揺れた髪が、きらきらと瞬いた。

 仁王君から魔法が消えた。
 突然、あれだけ使いこなしていたイリュージョンを使えなくなった。
 彼は何も言わなかったし、私達もまた普通に接していた。
 彼は彼のままテニスをするようになった。それが自然なのだと思う。ただあるべき姿に戻っただけだ。何も間違ったことはない。そう理解しているのに、どこかに引っ掛かりを感じていた。まるで彼の存在そのものを否定しているように思えてならなかった。

 仁王君の影が私に向かって伸びていた。私はそれをそっと踏む。しかし黒いそれは私の爪先をすり抜けていった。
 彼は立ち止まらない。

「――仁王君」

 思わず発した声は、あまりにも力なく響いた。
 振り返った彼は、笑っていた。
 ――笑いながら涙を流していた。

「仁王君、」
「なあ柳生、俺は今、どう見える?」
「……におう、くん」
「俺は無様なんかな」
「……っ、そんなこと」
「のう柳生、俺はさあ」


 ――いつ死んでしまうんじゃろうな?


 彼の言葉を遮るように、私はその肩を抱き締めた。

「……やぎゅう」
「私が好きになったのはあなたなんです。仁王雅治君ただ一人だけなんです。ですから……そんなことを言わないで」
「いけんよ柳生。俺はそのうち消える」
「そんなことさせません。ずっと手を握って、離しませんから」
「それでも、いなくなるよ。お前の傍から」

 彼の流した涙は頬で乾いて微かな跡を残した。光のないその瞳に、私の姿は映らない。
 重ねた私のそれごと彼の影を踏ん付けた。影は決してその場にとどまってはくれなかった。



 日の入りは、もう近い。










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罰と代償。

2014.8.6.

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