恋慕 | ナノ



 ――天気予報を、大幅に上回る悪天候だった。

 アイスでも買おうとコンビニに入った僅かな時間でこれだ。雨は別に嫌いではないが、こんな全身を叩きつけるような土砂降りは間違っても好きになれそうにないなと思った。黒く分厚い雲は暫く去りそうにない。はあ、と小さく息を吐くと、隣に立つ柳生が俺の右手を取った。

「なあ、人前」
「私は気にしませんよ」
「俺が気にするんじゃけど」
「許して下さい。あと十秒。そうしたら離しますから」
「……ふうん、まあええわ」

 遠慮がちだが強引な柳生の左手の感触が、中指からじわりじわりと身体全体に浸透する。夏でも冷たい俺の掌に伝わる温度はあたたかく、ひどく優しかった。
 暑さに弱い自分だが、柳生のそれは嫌いじゃない。こういう時、ああ、自分は間違ってしまったのだとその度思い知ることになる。

 雨音が、激しくなる。

 柳生と初めてキスをした日も、こんな雨だったことを思い出す。
 どちらかが雨男なのか両方なのかは知らないが、俺達が二人で何かをしたり出掛けたりする日は大抵雨が降っていた。ちょっと昔の曲にそういう歌詞のものがあったなと笑うと、柳生の左手に力が込められる。あと十秒の約束はどこへ行ったのだか、まあ、俺も無理矢理引き剥がす気分ではないし別にいいかと思った。
 他人の体温は時として心地よさと、虚しさを与える。
“離れたら、また孤独だ”。
 そう考えてしまうようになったのは柳生のせいだった。
 控えめに触れるだけだった指先を捕まえて、力一杯握ってやる。
 柳生は何一つ文句を言わなかった。

 風が吹く。雲が揺れる。
 ――雨の匂いがする。

 境界線を越えてしまった俺達を許してくれる環境ではなかった。一時の気の迷いだと、若気の至りだと笑ってはもらえなかった。けっしてそうではないことを周りの人間も、自分達も、知っていた。
 俺は柳生と離れるつもりなんて毛頭なくて、周囲はそれを良しとしなかった。頭を抱えて答えが出るならいくらでも抱えてやると思った。柳生を巻き込んで喧嘩して殴り合って、そのあと子供みたいに泣いて、二人でひとつの結論を出した。
 視界がぼやけているのは雨のせいか、それ以外に理由があるのかは分からなかった。今自分がここにいる自覚さえ持てなかった。繋がれた右手だけが存在を証明していた。

 行きましょうかと言った柳生の言葉に頷いて錆びた自転車の後ろに乗り込む。傘を買ってもこの天気では意味がない。痛い痛いと雨に文句を言いながら、時々笑いながら、柳生の背中に寄り添った。
“人前ですよ”。
“いいんよ、どうせ皆、この雨に気ぃ取られてるけん”。

 柳生の優しい声が、雨音に埋もれて消える。



 古い自転車がかたかたと鳴って、
 境界線――ガードレールを飛び越えた二人の身体が、空中を舞った。









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第12回『深夜の文字書き60分一本勝負』(@twitter)。
お題は『豪雨カーテン』『境界線へと飛び込もう』。

2014.7.27.

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