夕食の時間 | ナノ



 無謀だと思うんですよね、と、柳生は不機嫌さを隠そうともせず呟いた。これがかつてジェントルマンと呼ばれた男であることを信じたくない女性が何人いるだろうか、と他人事のように思った。ファンは泣くか呆れるか、それとも騙されたなどと言って怒るだろうか。別にどうだっていいのだけれど。
 作ったばかりの肉じゃがからいい香りがした。綺麗な動作でそれを口にした柳生が言葉を続ける。

「あなたは、几帳面なタイプではありませんし」
「まあ否定はせんよ」
「それに偏食ですし。放っておいたらどんな食生活を送るやら……考えたくもないです」
「肉じゃがだと不満足か」
「いいえ、とても美味しいです。おかわりを頂いても?」
「どうぞ」
「これは私がリクエストしたからでしょう。本来何を食べるつもりだったんですか」
「特に何も考えとらんかったけど」
「ほらみなさい」

 何が『ほらみなさい』なのかは知らんが、奴は私にとにかく文句をつけたくてたまらないらしい。お前は嫁の粗探しをする姑か。
 こいつは多分妹ちゃんの結婚に真っ先に反対するのだろうな、なんて気の遠くなる例え話を想像したら少し笑えた。それほど面倒な奴なのだ、柳生比呂士という人間は。
 その面倒な男と付き合っている私も、恐らく世間一般から見れば変人の部類なのだろう。

 四月から入った大学は、自宅から通うには少しばかり不便だった。珍しく真面目に勉強をして、自分で選んだ学校に入ったのだ。揉みくちゃにされながら満員電車に揺られる時間を課題やアルバイトの為に割いた方が有意義だと思った。
 学校から三駅の1Kを見付け、夏休みに突入したのを機に引っ越したのが三日前。どうやらそれが何かしらの理由で柳生の気に障ったらしい。そんなに彼女が一人暮らしをするのが嫌か。男なら居座りやすくなったと喜んでもいいものを。と、私も表向きだけイライラしてみせた。雰囲気の悪い空間で、柳生に出した食事は順調に減っている。
 ――素直じゃない奴め。
 本当に面倒なことこの上ない。相手が私じゃなかったらきっとこのまま大喧嘩だ。私が柳生のしょぼい詐欺に騙されてやるほどお人好しじゃなかったのは、奴にとって幸か不幸か。

「……心配せんでも、それなりの生活はするよ」

 こういう時に、自分の変人さを自覚して少しうんざりしてしまう。
 さすが、柳生比呂士のコイビトをやっているだけあるな、私は。
 騙されるほどお人好しではない。でも、仕方がないから掛かってやろうじゃないか。たった一言「心配だ」とすら言えない、こんなろくでなしを愛しているから。

「掃除もするし、三食きちんと採る。肉ばっかにならんように気を付けるから」
「言葉だけなら何とでも言えるでしょう」
「じゃあたまに来て確かめたら? ちゃんと部屋が散らかってなくて、栄養偏らんように食事してるか」
「……はあ」
「次来る時は何が食いたい?」
「…………切り干し大根」

“柳生、ツンデレって言葉知ってる?”
 その呪文は、次の喧嘩の売り言葉として取っておこうと思う。










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そういえばコメンタリーで姑って言われてましたね。

2014.7.20.

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