腐った種を喰らう夏 | ナノ
初恋は実らない、なんて、そんな甘っちょろい言葉を聞いた。
重いテニスバッグを背負い、校舎を出て見えた景色は普段と何ら変わりのないものだった。先日までの悪天候が嘘のような快晴だ。陽が差し、気温もほど良く過ごしやすい。今日の部活はきっと気合の入ったものになるだろうと静かに息を吐く。熱心なのはいつものことだが、それ以上に。
柳生が俺の少し前方を歩くのも、俺にとっての日常だった。
手を伸ばせば届く距離にいる柳生は一度もこちらを振り向かない。
奴はいつでも背筋をしゃんと伸ばし、堂々としている。猫背の自分はそれを見て思わず姿勢を正したい気分になる。それを言えば猫背に限らず、俺と柳生は正反対なのだけれど。
絵に描いたような優等生の傍にいるのがチンピラみたいな男だなんて、周囲の人間の目にはどう映るのだろう。
少々おかしな友人関係に、きちんと見えているのだろうか。
恋と友情を履き違えているだけならいいのに、と、何度もそう考えた。
だが目を合わせ、話して、目の前で奴が笑うたびに心を押し潰されるような気分になり、ついに夢にまで見るようになった時に俺は諦めることにした。
ああ、俺は普通にはなれなかったのだ、と。
初恋は実らない、なんて誰が言い出した言葉なのかは知ったこっちゃないが、それだけで済むなら幸せな方じゃないかと思う。傷付くのが恋心だけならどれだけいいか。
何もかもを失くしてしまうなら、膨れ上がる感情を必死に抑え付けて過ごす方がよほど良い。この際、首を絞めすぎて息ができなくなって死んでもいい。
柳生が、友達として、俺に笑いかけてくれるなら。
この感情の花は咲いてはいけないのだ。
芽が出たら、刈る。それだけ。
ふと、少し前にいたはずの柳生が足を止めていることに気が付いた。その場にしゃがんで、左手で俺を招く。
俺と柳生の間を黒い揚羽蝶が飛んだ。
「何?」
「見てください、ここ。向日葵が生えているんです。余った種が落ちて、そのままここで育ってしまったんでしょうか」
「本当じゃな」
「この花、咲きますかね?」
「柳生は咲いてほしいんか」
「そりゃあ勿論」
「……ふうん」
小さな蕾を持った向日葵は、凛とそこに佇んでいた。花壇から離れた校舎脇に、たった一人でそこにいた。
――とてつもなく、虚しく思えた。
「――悪い、忘れ物したの思い出したけん、先に部室行っとって」
柳生の姿が見えなくなったのを確認すると同時に、俺は少しだけ泣いた。普通と違うところに咲こうとしているこの向日葵が、憎らしくて堪らなかった。柳生に咲いてほしいと願われた、この小さなちいさな蕾が。
揚羽蝶が、ひらりひらりと舞う。
俺は横目でそれを見ながら、まだ黄色くもならない未熟な命を踏み潰してから部室に向かった。
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第6回『深夜の文字書き60分一本勝負』(@twitter)企画に乗っかってみた。
お題は『咲かない花の種を蒔く』『あなたが笑っていられるために』。
2014.6.21.