悠遠ノスタルジア | ナノ



 ――幼い頃の夢を見た。

 首に違和感を覚えて目が覚めた。どうやら自分は終わる気配のない荷造りの途中、うっかり床に転がって眠ってしまったらしい。この調子じゃ先が思いやられると溜め息をつく。
 鏡に映した顔は少し疲れた表情をしている。やることはまだまだ沢山ある。これから落ち着くまではもうしばらく時間を要するだろう。慣れないことがあまりにも多すぎる。

 さて次はと引き出しの三番目を開いた。
 ここに片付けられたものは大抵が意味を成さないがらくただ。誰かにもらったとか、思い入れがあるとか、なにかしらの理由で捨てにくくなったものはすべてここに入っている。どれから手を付けていいのか分からなくなるほど混沌としたこの空間にもいい加減サヨナラをしなければならない。

 ふと、その中のひとつに目を奪われる。

 子供だった頃の自分の写真がそこにあった。へたくそなくせに無理矢理笑おうとして、結局ぎこちない表情になっている過去の自分。似合いもしないピースサインを作った隣には、自分より随分背の高い浅黒い肌の男がいる。
 九州の小さな学校で出逢った“彼”は随分大人びた風貌で、そのくせ話せば途端に年相応になる不思議な人間だった。あの笑顔を、癖の強い髪を、甘い声を、優しい空気を思い出す。
 私が遠い土地に引っ越すことになったあの日、「手紙ば出すけん心配せんで」と私の頭を撫でたアイツは結局一度も連絡を寄越さなかった。それは私にとっても言えることだ。毎日郵便受けを覗いてばかりで、自分では何もできないまま大人になってしまった。

 かつてこの紙切れをおさめていたフォトフレームを何とはなしに眺めていると、おもむろに携帯電話が震え始めた。ディスプレイには愛しいひとの名前が表示されている。思わず目を細めて、ワンコール待ってから通話ボタンを押す。

「もしもし、比呂士?」
『雅さんですか? ごめんなさい、夜遅くに。今仕事が終わったのですが、なんだか声が聞きたくなって』
「なんそれ。どうせこれから毎日嫌っちゅーほど聞くんに」
『どうしても、まだ実感が湧かなくて』
「それはウチもそうじゃけど」
『ふふ……ねえ、今から、会いに行っちゃ駄目ですか?』
「どうせこれから毎日会うのに?」
『もうすぐそうなってしまうから、今のうちに“恋人”に会いたいんですよ』
「お前どうしようもない阿呆じゃな、別にええけど」

 引っ越し準備のせいで散らかっていることを伝え、電話を切った。奴が来るまでにはまだ少し時間がある。仕方がないから簡単な夕食でも作ってやろう。比呂士の言うように、今のうちに“恋人”の為に何かしてやるのも悪くない。



 フォトフレームには、あの日の“彼”との写真の代わりに比呂士と並んだものが入っている。
 あの日は出逢ってもいなかった、まったく知らなかった男のところに、私はもうすぐ、嫁に行く。
 奴が今どこで何をして生きているのか、私には知りようもない。けれどせめて幸せでいてくれたら、と思う。










******
色褪せたあの頃を思い出す。

2014.2.11.

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