白昼夢 | ナノ


 別れたことを告げると、えらく幸せそうに弁当箱の蓋を開けにかかる丸井の表情が一瞬にして凍り付いた。こちらに向けられた瞳は「信じられない」とでも言いたげで、私はその無言の訴えをまるでどこか遠くの出来事であるかのようにえらく冷静に受け止めていた。隙間から見えた中身は普段通り色鮮やかで豪勢だった。自分もこれくらい料理ができたら人生がもう少し楽しいものになったかもしれない。そんなふうにガキっぽい夢を見てはもがいてみたりするくせに、結局自分は叶えようという努力もせず無難にしか生きられない。

 らしくもなく、一途に想った人だった。大好きなひとだった。心を通わせた時はどれだけ嬉しかったことか。私も同じ気持ちですと言った彼の顔を今でもよく覚えている。初めて手を繋いで歩いた日の夜は興奮と緊張で眠れなかった。本当に幸せだった。
 それほど愛している人に別れを告げたのは私だった。彼――柳生はしばらく黙っていたけれど、やがて顔を上げて「そうですね」と頷いてくれた。今まで有難うございましたと微笑んだ彼が本当はどう考えていたのか、私には分からない。ただ、引き止められようが突き放されようが同じ結末を辿ったのだろうということだけは頭のどこかで理解している。遅かれ早かれ、私は柳生を好きでいることに疲れてしまっていた。思い立ったのがたまたま昨日だっただけだ。

「……やっぱり分かんないよ」
「分からんでええよ。受け入れてくれたらそれだけで」
「だってさあ、仁王はこんなに、今だって比呂士のこと好きなのに。比呂士だって同じだよ」
「ん、知ってる」
「ちょっとぐらい、泣き顔見せてくれたっていいじゃん。友達ならさ」
「丸井がウチの代わりに泣いてくれるの、知ってるから」
「……仁王のばか」

 好きという気持ちだけで盲目になれるなら良かった。或いはいっそのこと、嫌いになってしまえたらどれほど楽だったのだろう。
 心の隅に生まれた“疑問”は見て見ぬふりをさせてはくれなかった。少しずつ、確実に、私の中を侵食していった。
 ただ“なんとなく”であっさりと終わらせてしまったことを、いつか後悔するのかもしれない。それでも昨日パチッと音を立てて切れた洗面所の電球は二度と光ることはない。腕を伸ばしても僅かに届かず、柳生に取り替えてもらったそれを、私はまだ捨てられずにいる。

 静かに涙を流す丸井が私の手をそっと握る。伝わる熱はあたたかい。柳生の冷たい指先とはまったく違うその感触に胸がちくりと痛む。
 別れを決めてから最後だと言って交わしたキスの温度は、くちびるにこびりついたみたいにそこから離れてくれなかった。
 噛んだ内側から微かに滲んだ血の味がする。こんなにも冷めた自分の身体から生きた証が流れることが妙に不思議でならなかった。今の感情を排水溝に流して、すべてを嘘にしてしまえたらいいのにと思った。

 橙色に染まった空は、今日も綺麗だ。










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aiko『冷たい嘘』より。

2014.2.4.

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