僕等の達成祈願 | ナノ



 憩いのひとときというのは、人が思う以上に重要なものなんだと思う。


 硬くなった首回りをほぐしつつ自習室を出ると、柳生は文庫本を読みながら俺を待ってくれていた。軽い調子で声を掛けると、柳生は顔を上げ俺の方に向かって手を振る。
 外部受験をした柳生と予備校で三年ぶりに出逢ってから、俺達は駅までの短い道を並んで帰るようになった。
 卒業してから驚くほど疎遠になっていた元相方とまさかこんなところで出くわすことになろうとは誰が予想したであろう。その日は懐かしい話に花を咲かせているうちに、気付けば最寄りの三つ先の駅まで来ていて思わず笑ったものだ。会話を重ねるうち志望校が同じであることが発覚し、俺達の話題は更に増えた。まるで空白の時間を埋めようとせんばかりに、片道せいぜい五分程度の帰路をゆっくりゆっくり歩くのだ。

「先日ね、学業の神様のところに行ってきたんです」

 こういう時だけ神頼みなんて都合が良いですよね、と笑った柳生の横顔はあの頃より幾分か大人びていて妙に心がこそばゆくなる。
 思わぬ再会は、高校に進学すると同時にそっと閉じ込めた感情を呼び起こすには十分すぎるきっかけだった。高望みをする気など端からない。ただ、なんとしてでも同じ大学に入りたいと願うくらいは自由だと思った。
 夏には既に合格圏内にいた柳生とは違い、自分は未だにギリギリ引っ掛かるか掛からないかくらいの位置にいる。成績の伸びも芳しくなく、俺は一日の殆どを予備校で過ごすようになった。毎日参考書と向き合うだけの日々は、正直な話、想像していたよりずっと過酷だ。
 恐らく柳生と再び出逢っていなければ、適当にランクを下げて安全に入試に臨んでいただろう。自分がこれだけがむしゃらになっているのは柳生のせいであり柳生のおかげだ。朝から晩まで自習室に籠る俺の姿が奴の目にどう映っているかは知らないが、せめてみっともなく見えていなければいい。

「ええんじゃなか? あとはもう拝むくらいしかやることないじゃろ、お前さんは」

 現状を保っていれば滑りようがない柳生は、それでも毎日教室にやってくる。わざわざ俺のところに寄って、帰りにまた、と言って扉を閉めていく。その言葉を聞くだけで気力が湧く。
 最近、柳生はどれだけ遅くても俺の帰りを待ってくれている。自宅と予備校の往復しかしていない自分にとって、柳生との語らいは唯一の癒しだ。もしかしたらそれをなんとなく感じ取って付き合ってくれているのかもしれない。申し訳ない気持ちになりながらも、結局厚意に甘えてしまう。そういう柳生比呂士が好きだった。



 柳生が立ち止まったのは、もう間もなく駅が見えるというその時だった。
 におうくん、と力のない声で名前を呼ばれ、ぎょっとして奴の方を振り返る。どことなく寂しそうに微笑んだ奴の瞳は真剣そのものだった。
 ポケットに突っ込まれたままの右手から確かな意志を感じる。

「お節介かもしれませんが、受け取ってほしいんです」

 そういって差し出された白い小さな紙袋には、県内でも特に有名な学問成就の神社の名前が書いてあった。

「……お守り?」
「仁王君、最近伸び悩んでいるように思えましたから。あっ、すみません、嫌味のつもりは一切なくて、ただ、」
「うん」
「……ただ、私が、同じ大学に行けたらいいと思っているだけなんですが」

 柳生の吐いた白い息が空気に溶けて消えた。
 中を覗くと、いかにもな合格祈願のそれが入っている。奴の好みそうなシンプルなデザインの青色のお守りだった。

「……本当に貰っていいん?」
「あなたが嫌でなければ」
「んな阿呆なことがあるか。ありがとう、大事にする」

 おそらく限界なのだろうとはなんとなく感じていた。自分はキャパシティの上限まで勉強したのだ、と。
 あとはもう運が自分に味方してくれるのを信じるしかないことも分かっていた。一心不乱に努力をすることで気付かないようにしていただけだ。
 柳生はおそらく、それさえも知っていたのだ。
 底抜けの優しさに思わず視界が揺らぎそうになるのをぐっと堪えて、俺は柳生に向かって精一杯の笑顔を作った。
 ――大丈夫だ、今まさに、運が俺のところにやってきた。
 すぐそこまで近付いているセンター試験どころか、それ以上のなにもかもを乗り越えてしまえる気がした。

「……柳生、」

 このタイミングでどうして“賭けて”みようと思ったのかは分からない。普通ならまずやらない。勝算が低すぎて、せっかくの運を軒並手放しかねない危険な博打だ。それでも踏み込んでみようと思ったのは、奴と目が合った時、もしかしたら俺と同じ気持ちでいてくれているのではないかと感じたからだ。
 あまりにも真っ直ぐ、純粋に、俺の方を見ている。

「……お前が、嫌じゃなければ」
「ええ」


「同じ大学に合格できたら、俺等付き合わん?」


 次に見た柳生の表情が驚きと喜びに満ちていて、ああ、やっぱり柳生が俺に幸運を引き寄せてくれたのだと確信した。










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明日からセンター試験と聞いて。

2014.1.17.

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