すれ違いサンセット | ナノ



 冬の海には、どこか物悲しげな風情がある。
 午後の海は静かだった。波と、あとは砂を踏みしめる音しか聞こえない。潮風に髪を撫ぜられて思うのは、「そういえば今年はまだヒラメを食べていないな」のような間抜けなことだったりする。無駄なことを考える余裕があるのはいいことだ。このシチュエーションはそれだけでシリアスになりがちだから。

 学校を抜け出すのは妙な背徳感があった。鞄も持たず制服でぶらつく自分は間違いなく不審だろうが、この地域には穏やかな人間が多いから多分心配はない。一度自転車二人乗りを警官に目撃された時、「見つからないようにしろよ」と笑われたことがある。いやあなたに見つかったら終わりじゃないのか、と妙に呆れたのを今でもよく覚えている。相手がちょっと頑固そうなら、奉仕活動とでも言って空き缶の二、三個拾って帰れば納得して踵を返してくれるだろう。

 必要なのは時間だった。
 あれから何ヶ月か過ぎて、見えてきたものもある。きっと俺は大人になったのだと思う。しかしそれが良いことかと言われると分からない。もし子供っぽい憎しみだけを貫いていれば、こんな複雑な感情に振り回され苦しむこともなかった。ガキらしくもがいていれば知らずに終わらせることも出来たのだ。
 明確な答えのない問い掛けに立ち止まる自分はある意味では愚かなのかもしれない。

 この海を越えていけば、彼等の住む島がある。
 全国大会一回戦、同じような環境で育った人間にあまりにも酷い方法で負けた。醜い憎悪しか残らない試合だったはずだ。それなのにいくつかの季節を追い越した今、考えることがある。
 おそらく、自分達と彼等はどこか似ている部分がある。とても同じだとは思えないやり方だった。今でも許すつもりはないし、ああはなりたくないと思う。
 それでもこの、洋服のボタンを掛け違えたような擦れ違いがなければ或いは。青学の奴等と同じように、切磋琢磨し合う良い関係を築けたのかもしれない。良い友人になれたのかもしれない。もし何かを間違っていたら、自分達が彼等の立場であったかもしれない。
 考えたところで答えは出ない。
 多分、一生。

 大人になるということは、相手の立場で考えることができるようになることであり、気に食わない人間の顔色まで窺いながら毎日を過ごすことだ。自分がどちら側に立っているのかさえ判断できない俺は、いっそ考えなしに彼等を嫌っていられた方がずっと楽だったなと少し笑った。
 傾きかけた陽に目を細める。
 彼等が夕焼けを見る頃にはきっとこの辺りはもう闇に包まれているのだろうと考えると少しだけ切なかった。










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確かに存在する時差と壁。

2014.1.15.

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