X+Y=愛 | ナノ



 長期休暇の宿題というのは、計画的に進めようと努力するのははじめだけで、そのうち「ラスト三日で」「最終日にやる」「提出日までいいや」とずるずる延びていくものだ。結局自分の首を絞めるのだと分かっていてもなかなか直せるものではない。
 思うのだ。夏休みは長いから仕方がないとして、冬休みは期間の割に課題が多すぎるのではないかと。二週間そこらで五十ページを超える数学の問題集をまるまる埋めて来いなんて無茶にも程がある。今は便利な世の中じゃないか。なにせ電卓なんて素敵なものがある。どうせ大人になったら関数にも図形にも関係のない職に就くのが殆どなのだから、だったら最低限九九までできれば上等じゃないかとあたしは思う。
 目の前の数字記号と睨めっこするのも疲れた。もういっそのこと六角形の鉛筆を転がして答えを決めてやりたい。手元にはシャープペンしかないけど。絶望的な進行度に頭を抱えると、向かいに座った男が溜め息をついた。

「そうやって『8』の字をなぞっていたところで終わるはずもないと思うんですけど」
「どれになんの公式を当てはめていいかさえ分からないのにどうやって進めろと」
「むしろ何故分からないのかと」
「あーもう超殴りたい」
「その問題なら四番目です。はい、続けて」

 淡々と言いやがった比呂士をめいっぱい睨んでやったが、奴は特に気にする様子もなく文庫本を読み進めていた。今読んでいるのは前回の本屋さん大賞で何位かにランクインしていたやつだ。読み終わったら貸してもらおう。
 でも今はそんなことを考えている場合じゃない。
 思わず不平不満も漏れてしまう。

「……なんで比呂士みたいな性格悪い奴が頭いいの、訳分かんない」
「聞こえていますけど」
「そりゃあ聞こえるように言ったから」
「……『天は二物を与えず』って言うでしょう。だからじゃないですか?」
「性悪なのは認めるんだ」
「そうですね。今もあなたをいじめるのを楽しんでいますし」
「終わらせる。一刻も早く終わらせる。それで真っ先にお前を殴る」
「頑張って」
「応援するんだ」
「ご褒美はある程度必要だと思うんですよね。まあ、それはちょっとどうだと思わなくもないですが」

 紅茶を一口飲んで、比呂士はまたページをめくった。
 これだけ面倒な人間をあえて傍らにおいているのは他でもない、監視役と、どうしようもなくなった時に教えてもらうためだ。
 比呂士は出来の悪い人間は嫌いだからあたしや赤也にはものすごく厳しい。本当はあたしは数学以外は普通で、国語ならそれなりのところまでいくのだけれど、全科目優秀な比呂士には何を言っても虚しいだけだと思って諦めている。そういえば去年はジャッカルに教えてもらったのだった。あいつは優しくて解説もうまいから助かった。
 じゃあどうして今年もそうしなかったのかというと、彼氏がいるのに他の男を家に呼ぶのは駄目だろうと思ったからだ。それがたとえジャッカルでも。比呂士は嫉妬をする方ではないけど、そのへんの線引きはやっぱり大事なんだと思う。
 奴も奴で、憎まれ口を叩きながらもなんだかんだと付き合ってくれるのは、変なところで真面目なあたしの性格を知っているからだ。どれだけ苦手なものだろうが答えをまる写しする卑怯な手は使わない。だったら提出しない方を選ぶ。その辺をきちんと理解してくれているのだろう。こういう奴だから嫌いになれないのだ。

「なんかさ、頑張ろうって思えるようなこと言ってよ」

 今度は『0』の字の中身を塗りつぶしながら言った。思いきり殴ったら、そのあと甘やかしてくれたりしないかな。そうすればもっと頑張れると思う。

「頑張ろうって思えること、ねえ……」
「だって殴るくらいじゃ足りないもん」
「欲張りですね」
「なんとでも」

 あと二問で次のページというところで大きなミスをやらかし、泣く泣く消しゴムをかけながら比呂士の言葉を待った。
 出まかせで良いから「抱きしめてあげますよ」くらい言えよと思う。可愛い彼女が頼んでいるというのに。
 比呂士は紅茶のカップを置いて、少しの間悩んでいた。しばらくすると、何かをひらめいたのか「あ、」という声が聞こえる。せいぜい甘い言葉を吐けばいい。腹を抱えて笑ってやる。後から気恥ずかしさに悶えて朽ちろ。

「……私のお嫁さんになるなら、もう少し頑張って頂かないと」
「は!?」
「こんな感じでどうですか?」
「……馬鹿なの?」

 それでどうやって頑張れと言うんだ。
 奴がとんでもない爆弾を落としてくれたおかげで、もう数学どころじゃなかった。
 さて、終わったら一体どうしてくれよう。










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恋愛の方程式。

2014.1.14.

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