どこまでも青い春 | ナノ







※丸井♀は出てきません
※柳生と仁王♀の会話


















 あまりにも冷たい風が耳の横をすり抜けていった。
 こういう時、普通に公立校に進んでいればよかったと少しだけ後悔する。学校の近くに海があるというのは、実は欠点の方が多いのではないかと思う。夏は空気がべたつくし、冬は潮風がキツい。風向きが変われば磯の香りを自宅に持ち帰る羽目になる。
 あの頃の自分は、思い出すと枕に顔を埋めたくなる程度には夢見がちな乙女だった。毎日水面の輝きを眺めながら登校できるなんて素敵、などとどうしてうっかり憧れてしまったのだろう。おかげで毎日憂鬱でならない。

 紅く染まった指に息を吐く。申し訳程度のぬくもりを感じながら、少し前を歩く柳生の背中を見た。
 校門を出る直前にたまたま出逢った柳生は、一人帰宅しようとする私を引き止めて「最近は日暮れが早いですから送ります」と言った。おとぎ話にも少女漫画にも憧れることのなくなった今の私にとって、その言葉は嬉しくもなんともないものだった。
 そりゃあ、普通であればこれをきっかけに何か芽生えたりしないかしらくらいには期待をするものなんだと思う。けれど柳生という男は誰にでも分け隔てなく接するし、それは下心からではない、百パーセントが善意から成る感情なのである。
 奴はどうにも『紳士』という言葉を履き違えているように思えてならない。柳生の首根っこを掴んで、そのマフラーを編んでくれたのは誰だったかと半分切れ気味で尋ねたい。モスグリーンの毛糸をどんな気持ちで選んでいたか、何ひとつ知らないくせに。

 比呂士はあんな奴だからさ、というのが丸井の口癖だった。「誰かが傷付くのが嫌なんだよ、アイツは優しいから」。そう言って笑った丸井が無理をしていることくらい分かっているつもりだ。
 テキトーなお付き合いならどうこう言うつもりはないが、柳生はきちんと丸井のことを好いている。それこそ毎日校則違反のマフラーをこっそり巻いて登校するくらいには。
 だったらな、と、柳生に正座をさせてこんこんと言い聞かせたい。優しいのとお人好しは違う。時に誤解さえ生みかねないお前のそれは間違いなく厄介な方の部類だ。この広い世の中には無自覚な浮気というものも存在するのだ、と。

 苛立ちのせいで余計に心ごと寒さを感じた。指先は一向に感覚を取り戻さない。自分の吐息じゃ効果なんてたかだか知れている。元より自分は冬が得意な方ではないけれど、それにしても今日は一段と寒い。多分、私の傍に柳生がいるからだ。
 冷えた頬が痛くて立ち止まると、不思議に思ったらしい柳生が私の方を振り向く。よほど見るに堪えない姿だったらしい。柳生はくすりと笑って首元の緑を引き抜き、それを私の首に巻いた。

「……え、何?」
「あまりにも寒そうだったので、お貸しします」
「は?」
「可愛い彼女が編んでくれたものなので、大事に扱ってくださいね」

 奴の笑顔はあまりにも穏やかで、どうしようもないくらい憎たらしかった。
 コイツは、一体何を考えているんだ。正真正銘の馬鹿なんだろうか。もう一度受精卵からやり直して、今度はきちんと頭のネジを落とさないように生まれてこいと叫びたい。
 ――可愛い彼女が編んでくれたものを、どうしてそう易々と他の女に貸せるのだ。
 柳生は何も分かっちゃいない。それがどれだけ無神経で、結果その“可愛い彼女”を傷付けることになるのかを。奴の善意はあまりにも間違いだらけだ。しかし柳生に何を言ったところできっと理解してはくれないのだろう。
 もしかしたらこの場でこのマフラーをズタズタに切り刻むくらいすれば、奴は何かを察するのかもしれない。でもそんなこと出来るはずがない。私は丸井のことだって大切なのだ。
 どうしようもなく泣きたい気持ちになるのを必死に抑えて、私はたった今託されたそれを目の前で外す。本来ならばこんな男やめておけと丸井に言うべきなのだろうが、彼女が哀しい想いをするのは嫌だった。彼女はこの馬鹿野郎を愛している。
 わざと乱暴に突っ返すと、柳生は少し驚いていた。何か言いたげな様子だったが、気付かない振りをして無理矢理受け取らせる。
 お前のことは、本当に救いようのない阿呆だと思うが、友達の為にヒントくらいは出してやる。

「そういうのは、それこそ丸井にやるべきだと思う」
「えーと……そうなんですか?」
「お前はもう少し乙女心を理解した方が良い。それで紳士とか笑わせるわ」
「はあ」
「オンナノコっちゅーんは、特別扱いされたいもんなの。好きな人になら尚更な」
「丸井さんはそんなこと一度も言ったことありませんよ?」
「あのなあ、お前は友達の家で夕食を御馳走になる時に食卓に嫌いなもんが並んでたら『これは食べられません』ってお母さんに面と向かって言えるんか。つまりはそういうこと」
「……覚えておきます」
「よろしい!」

 それだけ言うと、私は柳生を置いて一人きりで駅までの道を駆けた。
 私の言葉なんかで柳生が変わるとは思えない。けれど何もしないよりはずっとマシと思った。自己満足だと言われればそれまでだ。



 ――早く気付けばいいと思う。
 もっと堂々と丸井を甘やかしてやれ。
 そうしたらきっと、私の心の片隅にこびりついた『誤解』も、そのうち消えていくだろうから。










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今日もきみは僕を傷付ける。

2014.1.13.

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