堕落コンプレックス | ナノ







※千歳が酷い男です















 いつだってだらしがないのが千歳千里という男で、それは日常生活のみに留まらず、人間関係に対しても言えることだった。部活に出席するのは都合の良い時だけ。委員会も授業もろくに出ず、どこかで引っ掛けてきた馬鹿っぽい女をとっかえひっかえしては己の欲だけを満たすような男。
 どうせ見た目の印象で根も葉もない噂が囁かれているだけだろうと思った。普段のあの人はサボり癖こそあれど温厚で人当たりの良い普通の先輩だった。無断欠席をして白石部長に叱られては、そのたび眉を下げて苦笑していた。言葉遣いが荒く誤解されやすい自分にとって、憎まれない人となりをした千歳先輩は妬みの対象でもあり憧れの存在でもあった。
 あの人のように強く、穏やかな人になれたら。
 けれどある日たまたま通りかかった空き教室、慣れた様子でケバい女と身体を縺れ合わせるあの人を見た時、俺の中にあった尊敬の念は嘘みたいに消え失せた。
 放課後、何事もなかったかのように話し掛けてきた千歳先輩に「彼女おったんですか」と冷たい質問を投げると、あの人は普段と変わらない柔らかな表情で言った。

「いんや、あの子はたまたま、丁度いいだけ」

 その言葉を聞くまで、自分はまだ何かを期待していたのかもしれない。
 悪気のないその顔があまりにも不愉快で、俺は一瞬であの人を大嫌いになった。
 他の誰に言いふらすつもりはない。ただ二度と俺の視界に入らないでほしかった。





 白石部長が泣いたのはそれから少し後のことだ。
 笑いは取れなくともしっかりと部員をまとめて引っ張ることのできる白石部長は、ある日を境に自分のことを語らなくなった。今まで鬱陶しいくらいに熱弁してきた毒草やらカブトムシの話をしないことに最初は違和感を覚えたものの、単に飽きたのだろう程度に考えていた。元々少し無理をしすぎる性質を持った人だ。下手に触るより静かに時間が経つのを待つ方がいい、と。
 だから人のいなくなった部室で、制服も包帯もぐちゃぐちゃになったその中に紅い痕のいくつも付いた白石部長を見た時、やってしまったと思った。あの時きちんと行動に出ていたら、もしかしたらこの人を救えたかもしれないのに、俺はその機会を自ら手放したのだ。
 憤りを抑えられないまま何があったのかと尋ねると、白石部長は静かに首を振っただけだった。誰の仕業なのかは言われずとも分かっている。あの人を探してぶん殴ってやろうと立ち上がると、包帯のない左手が俺の制服の裾を掴む。

「大丈夫」
「どこが大丈夫やと思うてるんですか!」
「大丈夫。……千歳は、寂しいだけなんやと思う」

 しょうがない奴やなあと目を細める白石部長の笑顔はあまりにも痛々しいものだった。笑いながら、泣いていた。
 部長が大丈夫だと言っても俺自身許せるはずもなかった。千歳先輩だけがいい加減ならまだしも、あの人は俺の周りにいる大事な人を巻き込んで傷付けたのだ。



 中庭で猫を愛でていた千歳先輩の胸倉を掴むと、利き手で思いきり頬を叩いた。表情をぴくりとも動かさないクズ野郎にまた苛立ちを覚える。殴ったことさえもったいない。そう思う程に俺は目の前の男が嫌いだった。

「部長、泣いてましたけど」
「そうやろね」
「なんとも思わんのですか」
「んー」

 千歳先輩は少し首を捻る仕草をして、それから――悪魔のように笑った。


「あの顔が、たまらんね」


 もう一度見たかね、と普段よりやや高い声が響く。
 この人は何を言っても無駄なのだ、と他人事のように思った。きっとこの人は宇宙人か何かなのだ。だから言葉が通じないし、生き方も価値観も違う。
 もう腹が立つを通り越して笑えてきて、その直後に涙が零れた。

「……アンタなんか、部長に振られてあとから後悔したらええんすわ」
「白石は俺を捨てんよ」
「なんでそう思うんですか」
「愛しとうけんね」
「ふざけんな」

 ああもう、お前なんか本当に部長に後ろから刺されて死んでしまえ。
 一人残された中庭で、俺はただ泣いた。










******
歪んだ顔をもっと、見せてよ。

014.1.9.

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