意識未満 | ナノ


 い草の匂いのする広い部屋はいつだって居心地が良い。制服のまま気にせず布団に横になると、ついさっきまで太陽を浴びていたのだろうそれは私の身体を簡単に包み込む。使っている当人より先に私が寝転がるのはどうかと思わないでもなかったけれど、今更遠慮し合う関係でもないと開き直った。この幼馴染は私の我侭にも扱いにも慣れてしまっている。大の字になって深呼吸をするとそれだけで眠気を誘われる。こんな上等な布団で毎日眠る真田はなんて贅沢者だろう。
 部屋の外からは微かに肉じゃがのような甘い煮物の香りがする。娘が欲しかったらしい真田のお母さんは私を娘のように可愛がってくれる。今日もきっとあの優しい笑顔で、精羅ちゃん晩御飯食べていきなさいな、なんて言ってくれるのだろう。楽しみだなあ、おばさまの煮物はどれも絶品だから。
 気の向くままにごろごろと寝返りを打っていると、呆れたらしい真田の溜め息が聞こえた。

「いつまで転がっているつもりだ」
「え、怒られるまで」
「怒ったところで止めるつもりがないだろう」
「ばれた?」

 けらけらと笑ってみせると、真田の眉間の皺は一層深くなった。こうして軽口を叩くのも、結局真田が私を咎めないのもいつものことだ。昔からそうだった。私は結構甘やかされている。

 もう一度仰向けになると、高い天井と、視界の端に真田の姿が見えた。ぐるぐるとお腹が鳴る。きっともうすぐおばさまが呼びに来てくれる。そんなにその寝具が気に入ったのねと笑われるかな。

「……幸村」
「んー?」
「男の前で、制服で横になるのはどうかと思う」
「だってここには真田しかいないじゃん」
「……お前にとって俺は男ではないのか?」
「え?」

 驚いて顔を傾けると、普段以上に険しい顔の真田が目を細めていた。クラスの女子は、この顔を怖いと言う。けれど私は知っている。真田は表情が豊かではないから誤解されやすいだけで、こういう時の真田が優しくなかったためしはないのだ。損をしているなあと少し不憫になるけれど、彼はきっとこれからもそうやってちょっと面倒くさい人生を歩んでいく。少しもったいないなあ、と思った。だって真田は今だって私に掛ける言葉を必死に探している。私はそれをどんな顔をして待てばいいのか分からなかった。

「俺は、お前のことを女だと思っている」
「……」
「だからそういうのはよせ」

 やっと口を開いた真田は、それだけ言うと身体ごと目を背けてしまった。
 なんてことだ。十年一緒にいたのに知らなかった。どうやらこの堅物は、私を異性だと認識しているらしい。
 なんだか不思議な気持ちになって、妙にこそばゆくて、私は大の字をやめた。










******
“ちょっと前”の感情。

2014.1.8.

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -