風邪の功名 | ナノ


 油断をしていた。いや、まだ九月だから、こんなに冷える日があるなんて思う人間の方が少ないと思うのだ。だから俺は昨晩疑う余地もないまま半袖を着て、冷房を弱くかけてから眠った。
 失敗したと気付いたのは冷えを感じて起きた時だった。
 37度4分。寒い割に妙に身体が火照ると思ったら、やはりというべきか俺は熱を出していた。体温計を見た途端思い出したかのように全身にだるさを感じるのだから、数字というものは恐ろしい。
 母親に発熱したことを告げ、真田に欠席する旨を書いたメールを送信する。眠れるかと心配していたのだが杞憂だったらしい。薬の力だろうか、分厚くした布団に潜り込んで間もなく俺は意識を手放した。



 目を覚ますと既に時計の短い針が頂上よりやや右側にあった。食欲はなかったが薬は飲まなければいけないので、母の作ったお粥を流し込むようにして食べた。
 もう一度寝ようか。さすがに眠りすぎて頭も痛いのだけれど。氷枕を敷いて寝転がり、ただぼんやりと天井を見ていた。
 今はちょうど昼休みが終わる頃だろうか。授業に参加していたとしたら次は美術だったなあ。もう少しで作品が出来上がるのに。

 ふいに、枕元に置いていた携帯電話が震えた。

「……真田?」

 ディスプレイに映し出されたのは、普段はあまり見ない人物の名前。彼はパソコンや携帯などの機械には強くないから、普段は意思表示か了解の返事、もしくは……よほどの時ではないとメールなど来ない。
 不思議に思い折り畳まれたそれを開くと、今度はそれが驚きに変わる。

『新着メール 5件』

 休み時間毎に、メールが入っていた。調子はどうだといったような淡白なメールが何通も並んでいる。
 滅多なことで携帯電話など触らないくせに。風紀委員の自分が風紀を乱してどうする、とか言うくせに。

 たった今来たメールには、帰りに家に寄ると書いてあった。

 ちくしょう。

 なぜだか急に泣きたくなった。ただとてつもなく、寂しい。会いたい。会いたい。会いたい。
 別に特定の人間ってわけじゃない。風邪をひいて、人肌が恋しいから。そこにたまたま大量のメールが届いていて、その相手が真田だという、たったそれだけのことで。
 ちょっと待て、一体俺は誰に言い訳をする必要があるんだ。情けない、男らしくない。


 締めつけられたかのように胸が痛かった。熱が上がってきたのかもしれない。
 それもこれもすべて真田のせいだ。俺をこんな惨めな気持ちにさせやがって。今すぐぶっ飛ばしてやりたい。

 だから。

 早く会いに来い、馬鹿。










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幸村に異常なまでに過保護な真田と、なんだかんだ言ってそんな真田が大好きな幸村。

2010.9.16.

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