まばたき | ナノ



 ――心地よい風が吹いた。
 額にひやりと冷たい温度を感じて、そっと目を開けると愛しい彼女が立っていた。不貞腐れた表情の彼女からペットボトルを受け取る。安っぽいサイダーを美味しいと思えるようになったのは彼女と出逢ってからだった。

「疲れてるのは、知っとるけど」
「ん?」
「今日は晴れとるし、暑すぎんいい天気じゃけど」
「……」
「……なにもウチと一緒におる時に昼寝せんでもええじゃろ!」
「…………ふふ、」

 隣に座ったきりこちらを見ない彼女の髪をそっと撫でた。何度も染め直してすっかり傷んだ髪はきしきしとしている。その感触に安心する。彼女が隣にいるのだと知ることができるから。
 抱き寄せた彼女の身体は少し火照っていた。

「これからずうっと一緒にいるんですもの。少しくらい許してください」
「……ばかみたい」
「馬鹿は嫌い?」
「……嫌いでは、ないけど」
「よかった」

 ふられたらどうしようかと思いましたと笑うと繋いだ手をはたかれた。
 彼女は照れた時、言葉より先に手が出る。こんなにもへたくそな照れ隠しはなかなかない。不器用な彼女がいとおしい。

 ふと、子どものはしゃぐ声が風に乗ってやってきた。
 視線をずらすと、少し離れたところで小さな子ども達がフライングディスクを投げて遊んでいる。よくよく見ると一番向こうにいるのは自分とたいして背格好の変わらない男だ。きっとあの中の誰かの父親なのだろう。その光景を純粋に、いいな、と思った。

「仁王さん、私達もあれやりましょうよ」
「え?」
「いつか子どもが生まれたら、三人で手を繋いでここに来て、みんなで遊ぶんです。きっと楽しいですよ」
「……何なんお前、さっきから聞いてたら」

 左肩にずしりと重みが加わった。
 頭をもたせかけて来た彼女は、何か言いたげにどこか遠くを見ている。

「柳生さあ」
「はい」
「ウチと結婚するつもりなん」
「はい」
「ウチらまだ学生じゃし、これからまだまだ出会いもあるよ」
「はい」
「……それでも、もう決めてしまってええの?」
「はい」
「ふうん」

 相変わらず目を合わせてくれない彼女の体温が、微かに上がった気がした。

「いっこ、条件があるんじゃけど」
「なんでもどうぞ」
「このままじゃったら、子どもが混乱するじゃろ」
「ん?」
「……下の名前で、呼んでよ」
「――――喜んで」



 季節は夏。
 抜けるような空の下、彼女と二人。
 特別なできごとがあったわけでもないのに、まばたきするのももったいないと思う。
 そんな、休日。










******
『まばたき』/19(ジューク)  より。

2013.8.2.

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