ホリデイ | ナノ
突然食べたくなったんです、と言って、柳生がホットケーキを焼いてくれた。メープルのかかったそれはぺしょりとひしゃげて不格好だ。柳生なりに一生懸命焼いたのだろう。四苦八苦する姿が目に浮かぶ。
端の方を少し切るとふわりと甘い香りが漂う。
「……おいしそう、」
「嘘ですよ」
「うん、嘘。そうは見えん」
「普通に焼いたのに潰れたんですよ」
「普通に焼いたらこうはならんよ」
揶揄するように言うと柳生は困ったように笑っていた。不細工なホットケーキ。けれどきっと悪くない味だ。柳生なら「仁王君が慣れない手つきで淹れた紅茶と同じ味がしますね」なんて言うに違いない。
胸焼けがしそうなほど甘い休日。
はじめの頃は歩幅を合わせるだけで精いっぱいだった。数え切れないだけの本と、ストレートじゃない紅茶。どれも俺の世界にはないものだった。
いつの間に俺は、こんなにもこの空間に溶け込んでしまったのだろう。
ひどく穏やかな気持ちで、ああ今日はニルギリだ、なんてぼんやり考えることができる。紅茶の『こ』の字も知らなかった俺がだ。
「……柳生」
「なんですか?」
口にしたホットケーキは本当に甘くて。
……少し我侭を言ってみたくなった。
――二杯目は、アッサムがええなあ。
柳生の淹れたアッサムに好きでもないミルクをたくさん注いで飲むのを楽しみにしながら、美味しくないホットケーキの糖分に浸った。
******
染まるのも悪くない。
2013.8.2.