ある変人の記録 | ナノ
俺は会話をする。
「広いな」
「ええ」
「空」
「そうですね」
「なんでこんなに壮大なもんが、俺の頭上にあるんじゃろ」
「おかしなことを言いますね。当たり前じゃないですか」
「当たり前なんて誰が決めたん。誰かが言い出したんなら俺が決めたってよかろ」
「――変な人」
俺は会話をする。
「勝ったな、柳生」
「やりましたね」
「俺の戦略さまさまじゃ」
「ふふ、よく言う」
「なあ、次さ、もっとトリッキーな作戦でいかん?」
「何をなさるつもりですか」
「お前もやるの。たとえば、変装とか」
「――変な人」
俺は会話をする。
「のう、柳生」
「はい」
「お前は、恋、したことある?」
「……腐ったおはぎでも食べました?」
「俺はお前が好きだよ」
「……今、なんて?」
「俺は、お前が、 」
――『変な人』。
そう言って、柳生は俺を拒絶した。それきり話をすることも、目を合わせることすらしなくなった。
けれど俺の中の柳生の存在は、自分が思った以上にとてつもなく大きく膨らんでしまっていた。後戻りなんてできないくらい好きだった。肩を並べて話がしたかった。同じものを見て、同じ感情を持って、同じように笑いたかった。
柳生がいない。そんな現実に耐えられなかった。
だから今日も、俺は、一人で会話をする。
「広いな」
『ええ』
「空」
『そうですね』
「なんでこんなに壮大なもんが、俺の頭上にあるんじゃろ」
『おかしなことを言いますね。当たり前じゃないですか』
「当たり前なんて誰が決めたん。誰かが言い出したんなら俺が決めたってよかろ」
『――変な人』
いつもそう言って俺の隣で笑ってくれていた。
今度も、そうだろうか。
晴れた屋上で、あの日のように、きらきらした笑顔を俺に向けてくれますか。
あの広い広い空に向かって、俺は一歩を踏み出した。
――なあ、柳生。
今まで言うとらんかったが、実は俺には、背中に翼が生えとるんよ。
――へんなひと。
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とある酔狂な男が恋に破れた話。
2012.11.10.