ベテルギウスの尽きるまで | ナノ
日本人というのはイベントが好きな生き物だ。
ちょっとめでたいことがあると何かにつけて祭りを行い、その数といったらとんでもないものだ。先日までは黒とオレンジのコウモリやらジャック・オ・ランタンやらに溢れていたこの通りが今じゃ赤と緑に染まっているのも、つまりそういうことだ。
一体この国はどこか他の国の風習をどれだけ詰め込めば気が済むのだろう、と思う。それでも夜になると光るイルミネーションだとか、赤い服を着たマスコットキャラクターが描かれた包装紙だとかを見ると少しばかり心が躍った。
ある程度鍛えた身体といえど頬を掠めた風は冷たく、もうあと二週間もするとコートが必要になるな、などと考えた。
季節は冬の少し前だ。
冬は嫌いではなかった。寒いのに特別強いわけではないが、冷えた空気に触れると心が落ち着く。陽が落ちるのが早い分、夏より高い空は澄み切って美しかった。
暗くなった道を、コンビニで買ったフライドチキンを頬張りながら歩く。学校帰りに買い食いなんて、と部員を叱りつけてきた自分が丸くなったものだ。
先日母校のテニス部に顔を出したら、白石はフインキが変わったなあと金太郎に茶化された。間違った日本語を使った彼は、あの頃より随分背が伸びていた。
奴は、一体、何をしているだろうか。
同じオリオン座ば見とるけん、なんて訳の分からないことをほざいたあの野郎が九州に帰って半年以上の時が過ぎた。オリオンなんて冬にしか見えへんやろ、と思わなくもなかったが何も言わなかった。
冬の空を眺める姿が様になる奴だった。大阪の冬は寒かね、とデカい図体にマフラーをぐるぐる巻いて、それでも楽しそうに頭上の星を見ていた。呼気は白く舞い上がり、俺の目にひどく幻想的に映る夜だった。
似ていた、のかもしれない。
空気に溶けていく白い息と、いつか俺の知らないうちにどこかに消えてしまうのではないかと思わせるその存在が。
寂しいと感じたことは一度もない。ただどうしようもなく虚しかった。
そして奴も俺に対して同じようなことを思っていたのかもしれない。俺には放浪癖なんてないし、奴よりずっと堅実で現実主義だ。それでも奴は言った。
――そっくり。
――何が?
――雪と、白石。
――えーと……色が?
――はは。それも、やね。
いつか俺は奴の手を離す。そう考えたのかもしれない。
その不安は杞憂になるのか、もしくはその通りになってしまうのかはまだ十六歳の俺には分からなかった。
お互い強がって手を振ったあの日から一度も連絡を取らないまま、またあの季節が来ようとしている。
――もう少し。
東の空にあるオリオンが傾いて、真上に見えるようになったら、一度電話をしてみようと思う。
この想いがいつまで続くか知らない。分からない。明日には爆発して死んでしまうかもしれないし、俺がこの世を去るその時まで輝き続けるかもしれないベテルギウスの光と同じものをなんとなく感じる。
せめてあの紅い星が消えるその瞬間までは奴を好きでいたい。
約束した冬の星座を見つめ、ぼんやりとそう思った。
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久しぶりすぎて千歳の口調を忘れた。
2012.11.9.