青春の再生数 | ナノ
部屋の掃除をしていたら、引き出しの奥の方から不思議なものを見つけた。
埃にまみれたそれを少し払ってみると、なんだか見覚えのあるものが姿を現す。今ではすっかり見る機会も減った、音声用のカセットテープだった。
ケースから取り出すも黄ばんだラベルには何も書かれておらず、本体に書かれている46という数字が脳にインプットされただけだった。
自分はどうしてこのようなものを取ってあるのだろうか。元々好んで音楽を聞くタイプではない自分が、これひとつだけを残してあるのが不自然に思えた。
そのまま捨ててしまっても良かったのかもしれないが、なにか引っ掛かるものを感じた。
しかし、聞いて確かめる? どうやって。
自分は物持ちは良い方だ。だがさすがにカセットテープを再生できる古き良きラジカセなんて小洒落たものがこの部屋にあるとは思えない。
諦めて放っておくには惜しい。なぜかそんな気がした。
その時――ふと思い出して、一段上の引き出しに手を掛ける。
……おぉ。
思わずそんな感嘆符が漏れる。
物持ちが良いというのはこういうところで役に立つ。
引き出しには、カセットタイプのウォークマンが収まっていた。
新しい単三電池を入れ、おそるおそる再生ボタンを押す。まだ使える保証はないし、使えたとしてテープの方が伸びて駄目になっているかもしれない。確率はとても低かった。それでも賭けてみようと思った。
少しの沈黙の後、ぎこちないながら流れ始めた音楽に耳を傾ける。
途端、青春が、蘇る。
――ほう。
なるほど。
だからこの、古くなり伸びかけたカセットテープをわざわざ大事に取っておいた訳か。葬りたい歴史しか残っていないと思っていたが、過去のウチもなかなか、
「なに一人で喋っているんですか」
遠くで声がして、振り返ると見知った顔がそこにあった。イヤホンを片方だけ外し、わざと不機嫌そうに文句を垂れた。なんよ、比呂士。せっかく人が青春に触れとるんに。
「青春なんて歳でもないですよね、あなた」
煩いわ。女の子はいつだって青春時代でいたいんよ。
「……『子』?」
オーケー、分かった。表へ出ろ。
「冗談ですよ、まったく」
冗談の顔しとらんかったけど、なんて茶化したら奴は笑っていた。
……悔しい。悔しいが、自分は比呂士のことが好きなんだな、と改めて実感させられる。カセットテープが伝える、青春のこの頃から。
傍らに座った比呂士の顔はたいそう綺麗で、頬を抓ってやろうかと思ったがやめておく。少しだけいい気分だった。
「……ねえ、こんなのってありなんですかね」
何が?
「私、一応今日ね、『娘さんをください』と頭を下げに来たはずなんですよ。ですが今までお義父様とお話をしていて」
嫌な予感しかしないのは気のせいか。
「……『娘をよろしくお願いします。返品はできません』と、逆に頭を下げられました」
――あの野郎。
娘をそうやすやすと嫁に出してどうするんだあのクソ親父は。もっとこう、建前でもドラマで見るような「お前に娘はやらん!」くらい言うてみたらええんに。オプションにちゃぶ台返しも付けて。比呂士の一張羅がどうなろうと知らん。
「お義母様にも、『比呂士君のような物好きな子が今後いるとは思えない』と太鼓判を頂きました」
何なん、夫婦揃って雅ちゃんを苛めよって。
まあそりゃあ、比呂士は外面(だけ)はいいから、同じようなことは他にも散々言われてきた。だが世間知らずという意味でいうなら間違いなくコイツの方が数段上だ。初めて百円均一店に連れて行った時に、何度「ねえ、本当にここにあるもの全部ワンコインなんですか?」と聞かれたかはもういちいち覚えていない。
……案外良い組み合わせなのだと、思う。
「ねえ、先程から何を聞いているのですか? ラジオ……ではないですよね」
カセットテープの曲調に合わせて僅かに身体を揺らすウチの姿は、どうやら相当気になるものらしい。
外していたイヤホンのもう片方を比呂士の耳にはめ、そのまま奴の顔を観察した。最初こそ、わけがわからない、といった不審さを微塵も隠さない顔で耳を澄ませていたが、状況を理解すると同時に、その涼しい顔が真っ赤に染まった。
「あ、のっ、これは!」
そう、お前がくれたやつ。
「そうですね、そうですよね。……止めてください今すぐ!」
えー、何でよ。だってクライマックスが一番の聞きどころやないん? B面の最後にはお前が自作して朗読した愛の言葉が吹き込まれ――
「ごめんなさい勘弁してくださいなんでもします」
やれやれ。
少し残念な気もしたが、いつも腹立つくらい余裕綽々な比呂士がこんなに狼狽えているのだ。ここまでにしてあげよう(雅ちゃんってば優しい子)。
――なあ、比呂士。これ、新居に持ってっていい?
「却下します」
じゃあその却下を却下。
だって、ちょっと可愛くない? お前からのはじめてのプレゼントをこうしてずっと置いておくなんて、なかなか健気やないの。
「……できることなら捨ててほしいんですけど」
一緒に見た映画の半券とか、揃いで買ったストラップとか、全部保存してるお前に言われとうない。
「あーもう、分かりました」
視線を逸らすのは、照れた時の奴の癖だ。
結婚準備というのは忙しい。明日は比呂士のご実家に挨拶に行かないといけないし、今日中にやることだってたくさんある。薬指の重みには幸せばかりが詰まっている訳ではない。
けれど、そうだな。
もう四十六分くらいは、こうして一緒に青春を思い出していようか。
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結局バカップルなこの二人の会話を書くのが楽しいです。
2012.11.8.