きみのいない夜 | ナノ






※U-17合宿の勝ち組の話
※OVA四話ネタですが、見ていなくても分かるように書いたつもりです
(特に重要なネタバレはしていません)
























「よぉ」

 扉からいちばん近いベッドに無造作に荷物を放り投げた。自分もごろりと横になり、がらりと空いた他のベッドをなんとなく眺めていた。四人用の部屋も一人で使えば随分と広い。丸井君が訪ねてきたのは、さてこれからどうしようか、とぼんやり考えていた丁度その時だった。ノックもせずにドアを開けた丸井君はしばらく視線を彷徨わせ、私の姿を見つけると「うおぉっ!」と勝手に驚いていた。私はその声に寿命が縮んだ気がするんですけどどう責任を取ってもらえるんですか。いるなら言えよ、って無茶でしょう。こちらはあなたが来ることなんて微塵も予想していなかったのだから。
 丸井君は部屋に上がると、鞄から出したお菓子を机に広げたりと随分勝手に寛ぎ始めた。それが許されるのが彼というキャラクターなのだろう。お前も食うか、とチョコレート菓子を差し出してきた丸井君を咎める気にはどうしてもなれず、羨ましくはないが得な性格だなと思った。彼が他人に食べ物を分け与えるなんてそうそうないことなので、せっかくだから貰うことにした。甘いものは特に好きでも嫌いでもない。けれど口にした糖分は瞬時に全身に沁み渡るようで、疲れていたのだな、と思った。あれだけ鬼のようなメニューをこなした後なのだから美味しく感じて当然かもしれない。

「美味いか?」
「ええ」
「そうか、ならいっぱい食え! 今日はどんだけ食っても怒らねえからよ」

 丸井君はそう言って笑いながら私の背中をばしばし叩く。遠慮のないその様子に私もひどく安心した。ふたつめを手に取り、口に入れてみせると丸井君はとても喜んだ。普段の自信満々な笑顔ではない、眉を下げて微笑んだ優しい表情。どちらかといえば童顔で、身長も私より低い彼がとても大人びて見えた。そしてそれはきっと目の錯覚でも気のせいでもないのだ。伸ばされた手が私の髪に触れた時、そう思った。

「無理、すんなよ」

 丸井君の手のひらは私の頭の上を不規則に動き回る。その手はとてもあたたかく、体温を感じているうち、ふいにじわりと視界が歪んだ。ああ、私は、無理をしていたのか。彼によって初めて気付かされる。私はこんなにも弱くて愚かなのだ。それを彼は許してくれる。お前も難儀な性格してるよな、なんて軽口を叩きながら受け入れて、こうして甘やかしてくれるのだ。



『これはお前さんが持っとけ』。
 鞄どころか、マジックで名前を書いただけの紙袋に入れた私物を私に託して、彼は合宿所を去っていった。これが弱肉強食の世界なのだという素振りでいた。気にしないふりをして、平気な顔でいた。けれど先程から私の頭を撫で続けている彼にだけは筒抜けていたらしい。彼はとても観察眼に優れている人だった。

「お前さ、普通に生活してるのに、一人になった瞬間に疲れを感じるタイプだろ」
「……そう、かもしれません」
「強がらないことって難しいよな。ましてや比呂士にとっては、それが自然体なんだろうし」

 だから毒抜くタイミングも分かんねえんだろ、と丸井君がまた目を細めた。
 テニスを始めてから殆どの勝負を、仁王君と二人で乗り越えてきたのだ。こんな結果になったことに後悔はしていない。だが疑問は残る。パートナーを蹴落としてまでこの合宿所に残りたいのか。そう聞かれたらなんと答えればいいのか、私には分からなかった。
 明日から入れ替え戦が始まる。
 けれど試合に勝った喜びを分かち合う人間が、隣にいない。
 改めて気付かされるともうどうしようもなくて、ぽろぽろと流れる涙は止まらなかった。泣きだした情けない私を、丸井君は責めなかった。彼だって同じ立場なのに、文句のひとつも零さなかった。
 丸井君は、ジャッカル君を押し退けたことをどう思っているのだろう。何も感じていないことなど絶対にない。そう思い聞いてみると、彼は照れくさそうに笑っていた。

「アイツを負かしたのが、俺で良かったよ」

 彼は本当によくできた人だ――と、思った。







 たまには素直に甘えろよ、と言った丸井君に、一緒に寝てくださいとお願いした。すると先程まで頼りになるお兄さんのようだった彼が、人が変わったような表情になる。

「……何お前、持て余してんの?」
「はい?」
「俺、ソッチの気はねえんだけど」
「……っち、違います! この部屋に泊まって行ってほしいって、それだけです!」
「えー、寝込み襲われたら困るしなー」
「違いますってば! ……一人でいると、どうも色々考えてしまうので」

 妙な空気に耐え切れず俯くと、丸井君は溜め息を吐いて、そのあとふっと吹き出した。何も追及せず「じゃあ俺、上の段な」とふざけた彼はやはりとても大人だ。眠くなるまでたくさん話をして、じゅうぶんな睡眠を取ったあと、私は明日からまた頑張れるのだろうなとなんとなく思った。









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丸井君は立海でいちばん大人だと思います。

2012.10.31.

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