カタストロフィ | ナノ







※病んでいます

















 俺のために死んでくれと言ってナイフを出してみせると、柳生はものすごく驚いて、そしてすぐにいつも通りの顔になった。
 柳生はとても優しい表情をしていて、どうしてそんな風に笑えるのか、俺にはさっぱり意味が分からなかった。まるで俺が悩み苦しんでいるのを否定されているように感じる。奴のこういう笑顔が、俺は何よりも嫌いだった。
 におうくん。
 柳生は俺の名を呼んで、幸せそうに微笑んでいた。



 俺のことを好きだと言う。
 力強く抱き締める。
 身体を重ねる時、壊れものに触るみたいに優しく扱う。
 でも奴がそうする相手は俺だけじゃないのだということを、俺は知っているし、奴も隠そうとしない。
 この間なんて鎖骨の上に咲いた華を営みの途中に見つけて、虚しさを誤魔化すために狂ったように喘いだ。終わった後に「随分ヤキモチ妬きなカノジョさんじゃのう」と笑うと、「ですから、あなたといるととても楽なんです」なんてあっけらかんと返答しやがった。そんな柳生を見るたびに気分が悪くて、憎らしくて、愛していた。
 柳生は同性である俺を受け入れてくれた。キスも、セックスもしてくれたじゃないか。それでじゅうぶん満足だろ、と、何度も自分に言い聞かせる。分からずやな自分に腹が立つ。



 ナイフの切っ先は冷たく光っている。
 なあ、お前はいつか俺ではない誰かきれいな女の人と結婚して、その人と家庭を持って幸せになるんだろう。でも俺には無理なんだ。俺はもう、お前以外の人間を愛することはできないから。
 におうくん。
 奴の指先が俺の髪に触れて、じわりとあたたかい体温が伝わった。
“あなたのことがいちばん好きですよ”。
 柳生、もう疲れたんだ。
 その言葉を信じることに。
 もしかしたら、と期待することに。
 いっそのこと大嫌いだと突き飛ばしてくれたら俺はラクになれるのに、お前は俺を縛りつけて、放してくれさえしない。
 俺はあとどれだけ泣けばいい? どれだけの間、不毛なこの想いを抱えておけばいい?
 その通りにしたら、お前はいつか、俺のものになってくれるんだろうか。

「愛しています」

 もうその言葉は散々だよ、柳生。



 さきほどまで笑っていた柳生は、今はどうしてだか儚い顔をしていた。
 におうくん。
 その声はとても寂しく響く。
 柳生は俺を抱き締めて、泣いて、なあ、何故お前は泣いているんだ。泣く必要なんてどこにもないだろうに。お前は幸せになれるのに、どうしてそうやって哀しそうに腕の力を強めるのだ。頼むから解放してくれ。俺はもうお前を、柳生、ああ、やぎゅう。










「あいしてる」




















 さくっ










******
その手で終わらせて。

2012.10.4.

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