落日 | ナノ
※死ネタ
抜けるような青空の下、幸福感を噛み締めながら周りの風景を見ていた。
ああ、今日もいい天気だ。陽射しは柔らかく空気は優しい。穏やかなこの瞬間に身体を委ね、何もかもを投げ出してしまいたい。
人に翼はないけれど、こういう日は空気に溶け込んで漂える気分になる。
私は両手を広げて、満たされた気持ちで、笑うのだ。
「 」
目を閉じて、
ふわりふわりと、風になる夢を見よう。
告別式はあっという間に終わった。
俺はこの二日間、結局一度も泣かなかった。なぜだかどうしようもなく面倒な気分だった。
自分の周りのものはすべて無色で、既に意味を成していなかった。
三日前、柳生がここから飛び降りた。
あまりにも前触れもなく柳生が死んだ、と皆は言った。
けれど俺は、その知らせを聞いた時べつだん驚かなかった。
自分でも頭がおかしくなったのではないかと疑うほど、いやに冷静だった。
受信フォルダにある一番上のメールを開く。
差出人は柳生比呂士だった。タイトルはなし、本文はたったの十三文字。
『受け入れてあげられなかった』。
四日前、柳生が空を飛んだ前日、俺は柳生に好きだと言った。特に意味はなかった。口からふと零れただけだ。
それなのに奴は俺の言葉を聞いて、発狂したかのように泣き喚き始めた。俺はそれを映画のスクリーンを観るみたいに、えらく客観的に眺めていた。何かをどうにかしようとは考えなかった。
そうしたら次の日、あいつは二度と戻らない長い永い旅に出た。
俺は受け入れてほしいなんて一言も言わなかった。
奴が死んだのは俺の原因なのかもしれないと、そう思い始めたのは随分経ってからのことだった。けれどそれを悪いとどうしても思えなかった。
柳生は俺を理由にして勝手に死んだ。俺が死ねと言ったわけでも、此処から突き飛ばしたわけでもない。
どうしてこんなに哀しいと感じることができないのか、自分でも分からない。あるのは何もかもすべて放棄してしまいたいという妙な虚無感だけだ。
――なあ、柳生。
お前はどうしたかった。俺にどうしてほしかったんだ。
俺が後悔と罪悪感を背負って苦しみながら生きればいいのか。それとも、お前の後を追うように此処から飛び降りて俺も死ねばいい?
――ごめんな。
悪いが俺はもう、死ぬことさえ面倒なんだ。
柳生と俺にしか分からないメール――柳生の遺書の上で、俺は削除ボタンを押した。
左目の視界が、ぼやけた気がするのは、気のせいだと思う。
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それはそれは勝手な恋が、ふたつ。
2012.10.3.