君と飾る思い出 | ナノ


 ――昔から、写真に写るという行為が大嫌いだった。

 お前は女かと言われるかもしれないが自分の顔にコンプレックスを持っていたし(特に三白眼と黒子)、加えて眼つきも愛想も良くない。
 というのは建前だ。
 度々転校を繰り返していた自分にとって、写真ほどむごいものはなかった。形に残ってしまう思い出など。自分は同窓会の知らせのハガキが届かないような、いつのまにか忘れられてしまうような、そんな限りなく空気に近い影の薄い人間で良いと思っていたから。
 去年のこの日までは。

 去年のこの日――柳生の誕生日、俺は柳生にプレゼントを用意することができなかった。ありきたりなものを贈るなんて普通のことはしたくなかったし、かといって何かだいそれたことをしたくとも特にアイデアがあるわけでもなく。こうなることなら最初からつまらない意地など張らずにちょっと立派なブックカバーくらい買えば良かった。過去の自分の阿呆さには怒りを通り越して呆れてしまう。
 肩を並べて歩く帰り道、普段は俺が話して柳生はニコニコ笑って頷いていることが多いのだが、その日の俺は傍目から見ても分かるほどに無口だった。体調が悪いのかと心配をしてくれた柳生に(よりにもよって誕生日に心配を掛けてしまった)申し訳なく思いながら、プレゼントを用意できなかったのだと正直に話した。とびきりのものを贈りたかったのに。柳生が驚き喜ぶ顔が見たかったのに。
 一通り話してしまうと、柳生は俺の頭を優しく撫でながら微笑んだ。

「でしたら……写真を撮りませんか」

 仁王君が写真が苦手なのは知っているんですけど、と少し俯いて言った。あなたと二人で撮りたくて。部屋に一枚もないものですから。
 お前はどこの乙女だ、と毒づくより先にこっちが照れてしまったのはまた別の話だ。
 柳生のゆるやかな愛情が馬鹿みたいに心地よかった。

 その日撮った写真は後日柳生が焼き増ししてくれた。写っている表情は酷く堅く、やはり自分の顔は嫌いだったが、柳生の隣にいられる事実が形として残るのは嬉しかった。
 たかがたった一枚の紙切れが。

 あれから一年。柳生の部屋には、あの日撮ったものが立派な写真立てに入れて部屋の隅に飾られている。





「誕生日おめでとさん、柳生」

 今日誕生日を迎えた柳生にご家族さん以外で一番最初に祝いの言葉を伝えたかったので、俺は普段の何倍も早く起きて柳生の家の近くまで迎えに行った。零時ぴったりにメールはしたが、それでも直接顔を合わせて言いたい。
 ふわりと笑った柳生を見て、好きだな、と思った。

「これプレゼントな。そんな高いモンじゃないが」
「そんな、仁王君から頂けるのであればなんでも嬉しいです」
「素で恥ずかしい事言うんじゃなか」

 柳生の頭を軽く小突くと、ふふ、と笑い声が聞こえる。照れ隠しなのはお見通しだということだろうか。柳生のそういうところが気に食わない。負けた気がするからだ。俺が渡したプレゼントを大事そうにテニスバッグに入れるところがまた非常に憎たらしい。勝てない、と確信してしまうからだ。
 ……あの日の俺の心の中のツッコミを撤回しよう。俺だって大概乙女だ。詐欺師の名が泣くのう……。

「あぁ、それと」

 鞄を背負い直し顔を上げた柳生に、挑発的な笑顔を見せてやる。腕を思い切り伸ばし奴を指差す。


「柳生に告ぐ。
 お前さんにもうひとつプレゼントがある。だが普通に渡してもつまらんき、どっかに隠してある。今日中に探してみんしゃい」


 それだけ言って、俺は柳生の返事を待たずに駅への道のりを歩きだした。


「え……えっ? あの……待ってください、仁王君!」


 “来年こそは柳生を驚かせてやる”。そう誓ったのだ。今年は二年分驚けばいい。
 驚いて、そして更に俺を好きになりやがれ。



 今日は普段より何倍も空が綺麗に見えた。







君と飾る思い出










   *

 ふう、と柳生は溜め息を吐いた。
 正直な話をすると自分は期待していたのだと思う。何かやらかしてくれるのではないだろうかと。
 柳生は去年「喜ばせたかった」と言った仁王の顔を思い出していた。
 けれど“どこか”なんて、少々範囲が広すぎやしないだろうか。大したヒントを出さないところも彼らしいと言えばそうなのかもしれないが。

 悩んでいるうちに予鈴が鳴ってしまった。
 あと五分で授業が始まる。今はとりあえず落ち着こうと深呼吸を一度する。授業にも差し障りが出るかもしれない。
 一時限目は英語。今日は辞書が必要な授業であっただろうか。柳生は予習した箇所を探すべく教科書をぱらぱらとめくった。
 と、何かがひらひらと舞いながら机に落ちた。こんなところにしおりを挟んだ記憶はない。いつのまにか紛れ込んでいたのだろうかと、疑問に思いながらそれを拾う。


「え――?」


 落ちたのは一枚の写真だった。カメラに向かって無垢な表情でピースをしている男の子。見るからに生意気そうだが、恐れを知らない明るい笑顔。
 間違いない、幼い頃の彼だった。

 写真の裏には油性ペンで「た」と書かれてある。恐らく、「誕生日おめでとう」の言葉の分だけ写真が隠されているのだろう。

 まったく彼はとんでもないサプライズを用意してくれたものだ。
 柳生は自分の顔が熱を持つのを感じずにはいられなかった。










******
せっかくの誕生日なので甘いものを書きたいな、と思っていたらどっちも乙女になった。←
余談ですが仁王君が柳生に直接渡したプレゼントは写真立てです。
どれを飾るか散々迷えばいいよね。

2010.10.19.

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