恋人じゃない何か | ナノ




※柳生×仁王前提












 比呂士が顔を洗っている隙に奴の眼鏡を奪った。ためしに掛けてみると視界がぐにゃりと歪んで気分が悪い。倒れそうになるのを堪えて洗面台の方向を見る。奴の顔かたちが整っているのはちくちく痛い目で見てもよく分かって、その事実にどうしてだか意味もなく腹が立った。柳生比呂士がイケメン? そんなの都市伝説だと思っていたよ。顔を洗い終えた比呂士はしばらく眼鏡を探していたが、俺がふざけて掛けているのを見つけて慌てて取り上げた。

「何をしているんですか」
「イタズラ」
「やめなさい、視力が悪くなります」

 そんな他愛もない話をする。いつもどおりの光景。別にいいんだけどな、悪くなったって。視力低下してお前の顔も近付かなきゃ見えなくなるなんてサイコーじゃん。そうしたらずっとキスしたまま居てくれんの? そう問い掛けたら奴は可笑しそうに笑った。そんなことしなくても御安い御用ですよ、と唇を合わせてくるあたり流石ジェントルマンだと思う。でもいくら紳士サマでも俺の本音は一生汲めないんだろうな、と俺はどこか冷めた目で奴を見ている。視力低下? 大歓迎だ。なんなら失明したっていい。目の前の現実から解放されるならなんだって。お前にとって俺は恋人なんかじゃない。ただの都合のいい穴埋め要員なんだ。
 気が向いた金曜日の夜、奴は此処に来ては俺にとびきり甘い愛を囁く。でも比呂士が俺の部屋を訪れるのは決まって大事な恋人の、仁王のいない日なのだということを俺は知っている。此処で俺と身体を重ねて寂しさを紛らして、そうして土曜日の晩には仁王の元へと帰っていくのだ。俺はいつも一人残される。一度耳元で「愛しています」と囁かれた時「仁王の次に、だろ?」と笑って聞いてやったら、「この瞬間はあなたがいちばんですよ」とほざきやがった。とんだ茶番だ。クソッタレ。そこに愛なんてないくせに。自分を裏切らない人間が欲しいだけのくせに。アイツは息をするみたいに俺に偽りの愛を語るんだ。
 比呂士はきっと俺が本気なのを知っている確信犯なのだろうなと思うとまたどうしようもなく腹が立つ。この眼鏡を掛け続けて、比呂士と仁王が隣同士笑い合うところなんかぼやけて見えなくなってしまえばいいのにと思う。――それかそうだな、俺が比呂士の目を潰してやろうか。そうしたら奴は方向を失って、仁王のところには帰れなくなる。そう言うと今度は「そうなったらきっと仁王君は私を迎えに来てくれますよ」と笑いやがった。ああもう、いっそのこと首を絞めてやりたい。そう思った。


 俺の大事な、トモダチの話だ。










******
知っているのに、その手を離せない。

2012.9.4.


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -