熱病 | ナノ





 目の前で仁王と比呂士がちょっとした言い争いになった。間を割って「やめて、あたしのために争わないで!」と叫ぶと、お前は何を言っているんだみたいな顔をされた。むかついたから二人とも殴った。その後アホらしいなと三人で笑った。今までずっとそんなノリでいたものだから、幸村さんに「それで、文は結局どっちが好きなの?」と聞かれてあたしは困ってしまった。あたし達が築いてきたものは健全な友情であって薄っぺらい恋愛感情なんかじゃないんだよと答えると、「でも、柳生と仁王はそうは思っていないかもしれないよ」なんて言われた。幸村さんは基本的には話も合うしいい友達だけど、時々こういう意地悪を言う。もう、またそんなことを! と笑い飛ばせばいい話なんだけれど、彼女の言葉が的外れだったことは今まで一度もなかったということを思い出して、何とも返事することができなかった。あたしが、あの二人のどっちかを、好き? ありえない。可笑しくて笑っちゃう。頭では確かにそう思っているのに、そればかりが身体中をぐるぐる回って離れてくれなかった。
 だってアイツら、あたしのこと女だと思ってないじゃん。あたしもわざわざアイツら二人を異性だと意識したことはない。もちろん女の子の友達だって、幸村さんの他にもたくさんいる。でも女子特有のねちっこい付き合い方がなんか苦手で、そういう面倒くさいのがなくてラクだったから、比呂士や仁王と一緒にいることが多かった。二人だってあたしのそういうドライなところを気に入ってくれたのだと思う。それ以上でも、それ以下でもない。
 放課後になってもあたしの頭は幸村さんの爆弾発言に支配されていた。どれだけぼんやりしていたのか自分では分からない。丸井さん、ボール行ったよ、とその言葉にようやくはっとしたものの、反応が遅れてめいっぱいラケットを空振りした末に転んだ。少し足を捻ったかもしれない。本当についていない。あたしは大きく溜め息を吐いた。あの時幸村さんがあんなこと言わなければ、なんて見当違いな逆恨みをしながら。



 いつもと違うことが起こったのは、とんだ目に遭った部活終了後だった。部室を出てしばらく歩くと、そこには“奴”がいた。あたしが怪我したことをどこからか聞き付けたらしい“奴”は、平気だと言うあたしを無視して強引に自転車の後ろに乗せた。こんなの全然たいしたことないのに、無理をするなとその主張はことごとく却下された。ちょっと足を捻っただけなのに、“奴”はあたしに、女の子なんだから、と、言った。その言葉に脳天をぶち抜かれたかのような衝撃を受けた。そして、なんだかどうしようもなく泣きたい衝動に駆られた。堪えきれなくなって、下り坂に差し掛かったのを良いことに、“奴”の背中に顔をぐりぐり押し付けてやった。そのままたくさん泣いて、シャツをぐちゃぐちゃにしても、“奴”はあたしを責めなかった。“奴”の身体から、全身から、鼓動の音が聞こえる。少しずつ速くなるそれは、あたしの感じているものと同じだった。

 あたしは、恋をしてしまった。










 “奴”と付き合うことになったと報告すると、“アイツ”はとても嬉しそうに祝福してくれた。その言葉に嘘はなかった。けれどどこかに何かを隠していた。あたしは『それ』がなんなのかを聞いたりしなかった。そのままなんとなく、“アイツ”とは疎遠になっていった。もしかしたら“アイツ”もあたしのことを好いてくれていたのかもしれない。ようやくそんな一つの答えを導き出した。けれど“アイツ”はもう傍にいなかったし、当然“奴”には聞けるはずがなかった。真実は結局闇の中だ。分かったことといったら、やっぱり幸村さんは間違っていなかったということだけだった。
 あたしは今日も、“奴”の自転車の後ろに乗って坂道を下る。『恋なんてはしかみたいなものだよ』。どこの偉い人が言い出したのかは知らないけれど、その言葉どおり、確かにあたしは熱病に侵されたみたいに“奴”に恋をした。その危なっかしい感情を、ただ、静かに守っていこうと思う。どこまでも広がる海を眺めながら、あたしは、もう戻れない三人の夏休みを思い出していた。










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終わらないでほしかった夏。

2012.8.27.

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