サンクチュアリ | ナノ




 最近、仁王がよく教室からいなくなる。……「いつものことだろ」と思った奴は手を挙げろ。そうだ、お前等は正しい。至極当然のことを言っている。だが俺が言いたいのはそんな簡単なことではないのだ。
 いいか、よく聞け。誰も知らないうちにふと姿を消して「あれ、そういやいなくね?」となるのが仁王雅治という男なのである。挙動不審にコソコソ教室を出ていく姿をうっかり他人に見せる野郎ではない。だのにここのところ、アイツはそういう“いなくなり方”をする。最初は秘密のカノジョでもできたのかしらと面白半分で見ていた。しかしそれにしてはドキドキだのときめきだのがまるで感じられなかった。
 暫くすると俺が観察していることに気付いたのか、妙に俺の目を気にするようになった。それからは俺が席を立った絶妙なタイミングで消えるようになった。そんなあからさまなことをしなければ、多分俺もそのうち知らんふりをしてやれるようになったのだろう。どうせまた何か企んでんだろうなー怖ぇなーで済んだと思う。でも俺はここまでされて尚放っておけるほど大人ではなかったから、面倒事に巻き込まれることも考えた上で、奴をつけてみることにした。放っておいていいものだとは思えなかった。

 仁王が向かった先は、幸村君が大事にしている屋上庭園だった。

 幸村君は去年の冬からずっと入院している。手術が終わったらリハビリをして、全国大会までには戻りたいと笑っていた。そんな幸村君の聖域に、どうして仁王がいるのか理解できなかった。余計なことばかり考えてしまう。“もし、”そんな問い掛けが頭の中をぐるぐる回る。そんな訳ないだろ。そう思いたい。でも奴を信じるにはあまりにも材料が足りなかった。日頃の行いが決して良いとは言えない仁王だ。もし――アイツが幸村君の宝物をキズモノにでもしたら。
 俺は居ても立ってもいられなくなり、屋上庭園へ向かって走――ろうとした時、そっと、けれど確実に腕を掴まれた。

「……ヒロシ?」

 振り返ると、そこには見知った顔があった。奴は俺の手を掴んだまま、もう片方の手の人差し指を立て口元に当てる。とても穏やかな顔だった。

「心配ですか? 幸村君の宝物が」
「そりゃあ」
「大丈夫ですよ。彼は何も悪いことはしていませんから」
「……え、」


「彼は、主のいない花壇の面倒を見ているんです」


 へ、と随分間の抜けた声が聞こえた。自分のものだとは思いたくないくらい情けないものだった。いや、だって、仕方がないと思う。似合わない。というより、混じり合わない。幸村君なら『幸村君がガーデニングをしている』になるが、仁王の場合はただの『仁王』と『花壇』。まったくの別物であり、共存することはないと思う。それなのにその仁王が、花の面倒を見るだって?

「私も驚きましたよ。たまたま仁王君が植物や園芸の本を読んでいるのを見掛けて、次は何をやらかすつもりなのかと身構えました。ですが説明を読むその目があまりにも真剣で、これは何かあるなと」
「……いつ気付いた?」
「ひと月ほど前でしたか」

 その頃から様子がおかしかったでしょうと言われて、仁王の不審な“いなくなり方”にようやく合点がいった。
 仁王は善行の時はうまく気配を消すことができなくなるらしい。それだけ慣れていないのか、もしくは照れ隠しなのかは知らないが、本当に訳の分からない野郎だ。
 もしかしたら、俺は仁王をおおいに誤解しているのかもしれない。けれどそう思ったところでヒロシは何も教えてくれないだろうし、仁王だって話さないだろうから、結局それはいつまで経っても“かもしれない”の領域を出ないのだろう。少し寂しく思った。

「……ヒロシが知ってるってこと、仁王には」
「言っていません。彼は恥ずかしがり屋ですから」
「そういうの、ずるいと思うぜ」
「……ずるい、ですか?」
「ずるいだろ。何で本人を差し置いて、俺等が秘密の共有するんだよ」

 そこまで言ってやっと、ヒロシは理解したように、ああ、なるほどと笑った。
 俺は蹴飛ばす勢いでドアを開け、仁王の背中に思いきり叫ぶ。





「何やってんだよ仁王! ――俺等にも、手伝わせろ!」







 共有するなら三人で、だろぃ!










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少しだけ仲良くなったある昼のこと。

2012.8.20.

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