足りないゆりかごと羊の涙 | ナノ




 部屋に着くや否や、柳生は俺の肩を抱きしめて、俺の身体ごとセミダブルのベッドに倒れ込んだ。
 柳生はさほど背丈の変わらない俺の髪を、そりゃあもうふわふわの女の子にするみたいに優しく撫でる。俺のことを大事に大事に扱う。俺は柳生のそういうところがとてつもなく好きだ。

「ぬくいな」
「仁王君の身体は冷たいですね」
「柳生に冷たいのうつしちゃる」
「かまいませんよ。代わりにあなたがあたたかくなるのなら」

 休日はどちらかの家で二人で過ごすのが常だった。
 こうして二人並んで、何をするでもなく、ただくっついてごろごろする。
 最高に幸せだと俺は思う。これ以上の至福なんて感じたことがないし、これから先知ることがあるとも思えなかった。





 柳生のことが好きだと、告げてしまったのはうっかりだった。俺はその気持ちを誰にも告げることなく墓まで持っていくつもりだった。気付いた時にはもう遅くて、その場に埋まって死んでしまえたらいいのにと思った。
 それなのに、柳生は俺の気持ちを受け入れてくれた。
 嘘みたいだと思った。夢なら永久に覚めなくてもいい。けれどそれは夢じゃなくて、事実、今こうして俺の隣には柳生がいる。それが本当に嬉しい。
 傍にいてくれるならもうそれだけでよかった。


 ふわりと、柳生のキスが俺のうなじに降ってきた。それは場所を変え角度を変え、幾度も幾度も繰り返される。ひどくくすぐったくて、照れくさくて、少しだけ切ない。
 次第に、柳生がのしかかったみたいな体勢にかわった。
 ――いつもそこで、止まる。
 柳生は慈しむように俺の頬に触れた。

 こういう時、柳生の中心が熱を持っていることに、俺は随分前から気付いていた。





 好きだ。
 柳生が好きだ。
 好きだ好きだ好きだ好きだ本当に大好きだ愛してる。
 けれどどれだけ愛したって、性別の壁を取っ払うことは俺達にはできない。


「――最低限の生殖本能だけで良かった。それなのにどうして人間は、性欲なんて余計なものを持って生まれてしまったのでしょうね」


 俺も柳生も男だ。
 男同士でもセックスはできる。
 だが、それをしたところで何になる。何が残る。俺達の間に新しい命なんて生まれない。生まれるのは虚しさだけだ。二人ともそれを知っている。だから踏み出せない。踏み出そうとも思わない。
 ――“理性”では。

「柳生は、俺を抱きたいと思ったこと、ある?」

 これ以上の幸せなどないと、そう心では信じているのに、男の本能というものは正直だ。
 柳生のぬくもりに包まれて眠る夢を見たことがある。柳生が苦しそうに歯を食い縛って、俺に愛を囁いてくれる夢も見たことがある。
 今、目の前で痛そうに笑顔を作っている、そんな顔が見たいんじゃない。もっともっと俺の上で歪めばいい――そういう風に、思ってしまう。

「……私達には必要ありませんよ。別になかったからといって、傍にいられない理由にはならないでしょう?」

 ――ああ。
 本当はそんな言葉が聞きたいんじゃないのに。







 自分が女なら良かったとは思わない。女だったなら柳生は俺に見向きもしなかっただろうし、一歩間違えれば出逢わなかったかもしれないから。
 ――けれど、もしも願いが叶うなら。



「……仁王君、愛しています」





 きっとセックスなんてなくても、俺達は永遠に一緒にいられる。
 それでも、俺の願いは。


 永遠なんていらないから、俺だけのゆりかごをちょうだいよ。










足りないゆりかごと羊の涙










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遺伝子を受け入れるだけの器官が欲しい。

2012.8.2.

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