星の降る夜、君に逢う | ナノ






――2010年9月26日


猫が死にました。
シロと呼んで可愛がっていたあの子が、今朝静かに天国に引っ越しをしました。
冷たくなったシロを触った時、同時にたくさんのことがフラッシュバックして、泣きました。
自分の心の端に必死に押し込んで鍵を掛けていたものが一気に溢れ出したようでした。
きっとシロは、私にとっての鍵だったんだと思います。
一日中泣いたけれど、それでも泣き止むことなどできませんでした。
どれだけ泣いても涙が枯れること等ないのだ、ということを、私は随分前に知りましたので。

自分の顔を鏡に映してみると、それはそれは酷い顔をしていました。
まるでこの世の終わりを見たかのような表情です。
それでももし、この顔を見た彼が私を指差して「阿呆だ」と笑ってくれるなら、それはそれで良いと思いました。
彼は感情を表に出すのが苦手な人だけれど、たまに見せる笑顔はそれはそれは綺麗で、本当によく似合っていて。
彼が微笑うと私も幸せで。

今でもまだ涙は止まっていません。
悲しくて哀しくて仕方がない。
けれどもそれと同時に、なんだか晴れやかな気持ちなのです。
ようやく彼の呪縛から解放されるのですから。
呪いをかけていたのは紛れもない私自身だけれど。
そして、彼もまた解放されることでしょう。

まだ沈んだ気持ちですが、先程より随分と良くなりました。
もう少し落ち着いたら猫を埋めてあげようと思います。とびきりのお墓を作りましょう。
毎日お花を供えます。この子には花屋で売っている立派なものより、道端に咲いたタンポポの方が似合う気がします。
明日は彼に会いに行こう。
もう馬鹿なことは致しません。
会いに行く為にまた前のような手段を取れば、彼は怒るに違いないので。
今度は、きちんと、笑顔でお会いしましょう。
だから明日はそこにいてくださいね。
彼は私の前から“消える”のがとてもうまい。
何度彼を探して学校中を歩き回ったことか。

なんだか急に空腹を感じるようになりました。
最後に、シロと呼んでいたあの子の本当の名前を思い出したので、埋める前にもう一度だけ呼びましょう。
あの子の名を――







涙を流したあとの空
星が瞬いているのが、レンズがなくても分かる夜
今宵、もし 小さな白い星が生まれたなら
それはもしかするとあの子なのかもしれない
星になったあの子を見て
もう一度だけ泣きましょう
そして明日から微笑いましょう
今日だけは 涙の日として









――2010年8月30日


まったく食欲がありません。
折角母が作ってくれた料理も美味しそうだと思えず、匂いを嗅ぐだけで眩暈がします。
気を利かせてくれた妹が「これなら食べやすいかも」とところてんを出してくれましたが、無理矢理流し込んで間もなく吐いてしまいました。
気付けばこの一週間、まともに食事を摂っていません。
医者の父が診てくれましたが、何も異常は見当たらないようです。
きっとストレスだ、と言われました。
無理をするな、ゆっくりでいいからと。

シロも私に倣うように何も食べません。
あなたは私と違うのだから食べてもいいのですよと撫でても、下を向くだけで反応がないのです。
大好物の猫缶を目の前で開けても口にしようとしません。
丸井君と切原君がたくさんお見舞いを持ってきてくれたのですが、それも食べません。
日に日に弱っていくのが目に見えて分かります。私はそれがとても辛い。
私がきちんと食事をすれば、この子もまた元気な姿を見せてくれるのでしょうか。
目の前を駆け回って、いたずらをして、時折引っ掻いて、叱ると少ししゅんとして、私の膝の上で安心して眠ってくれるのでしょうか。

毎日が怖くて仕方がない。
明日が来るのが怖い。
彼に会いたい。
一目だけで構わない。
毎晩毎晩彼の事を想って詩を綴るけれど、それでも顔を見ないでいると彼は私を忘れてしまうかもしれない。
もう一度会えたなら、それだけで私の体調は頗る良いものに変わるに違いないのに。
彼に会って一言だけ伝えたいのです。
愛しています、と。







私は夜で あなたは影
どれだけあなたに会いたくとも
どれだけあなたを抱きしめたくとも
暗闇の中に影はできない
月や星が照らして
あなたの存在を見つけることができても
私とあなたはひとつになれない








――2010年5月20日


今日は“友人”達が「何も考えずに遊ぼう」と声を掛けてくれました。
両親も同意してくれたので、迎えに来てもらって、全員で真田君の家に遊びに行ってきました。
柳君はとてもポーカーの強い人です。何度負けたか分かりません。
途中でユキムラ君が、「勝った人は負けた人の顔に落書きをしてもいいよね」と羽子板のルールみたいなことを言いました。
その瞬間空気が張り詰めたように感じたのはきっと気のせいではなかったと思います。
一つ年下の彼(名前をまだ覚えられないのです)の顔が落書きまみれでひどいことになりました。
今日はたくさん笑いました。
彼も来ればよかったのにと話すと、柳君が少し黙った後「そうだな」と言いました。
彼はこの手のゲームに強かったようなイメージがあります。
私も決して弱くはないのでしょうが、彼になら顔に何か書かれても構わないなと思いました。

やっと駅から家までの帰り道を覚えました。
道中、白くてきれいな花が一輪だけ綺麗に咲いていました。
月の光を浴びて目が痛くない程度に反射する。まるで自ら輝きを放っているようにも見えました。
その姿が彼を思い出させます。
是非摘んで彼にプレゼントしたいと思ったけれど、一輪しかないのに摘むのは可哀想だと思いやめました。
代わりに、持っていた携帯電話で写真におさめました。
帰ってシロにだけこっそり見せましたが、よく分からないようでした。
明日連れて行って、実物を見せてあげましょう。

彼からの返事は、いつ来るのでしょうか。
毎日こんなにも心待ちにしているというのに、本当に彼は筆不精で仕方がない。
今夜は星は見えません。







こんなに素敵な夜なのに
こんなにも星が憎らしい
何億光年と離れているあの星は
一体何年前の光なのだろう
もし私が星であったならどうすればいいのだろう
どれだけあなたに気持ちを伝えても
届くのは何万年も後
ああもどかしい 星が憎らしい








――2010年4月24日


今朝病院を出ました。
外傷がほとんどなかったので、検査が終わるとすぐに退院することができました。
自分の部屋だという場所に案内されたけれど、まったく見覚えがありません。
私はどうやら整理整頓は得意な方だったようです。部屋に入った時に不快を感じませんでした。
成績も運動神経も悪くはなかったようで、様々な種類の賞状が並んでいます。
自分であるという実感が持てません。
けれど部屋に飾ってある写真立ての中には、鏡に映したのと同じ顔があります。
私は一体誰なのだろう。失った記憶を捕まえようとすると逃げられます。
まるで彼みたいだ。
私が唯一、失くさなかった記憶の片隅にいる彼。
写真を見ると、必ず“私”の隣にいる彼。
毎日彼を想い詩を書いていたことだけが、私が持つ思い出です。

私が助けたらしい猫はシロと呼ぶことに決めました。
日記を書き終わったら、また以前のように、彼に伝える愛を紙に落とすことにします。







何もない真っ暗な空間
私を包む闇
恐ろしくて歩くことさえできない
そんな私に微笑んで
優しく手を差し伸べてくれたのはあなたでした
あなたは私の道しるべ
あなたは私の北極星








――2010年4月17日


ようやく“落ちついた”ので、日記を書くことを許されました。
むしろ書けと言われました。
毎日のことを記録することで記憶力の向上を計るのだそうです。
記憶は依然戻りません。
今まで“私”が書いたらしい日記を少し読みましたが、誰か違う人のプライベートを覗き見しているようであまり気分のいいものではなく、途中でやめてしまいました。
母親を名乗る女性が、猫を助けて事故に遭ったのだと教えてくれました。
彼女は先程廊下で泣いていました。うっかり聞こえてしまいました。
お母さん、と呼んであげればいいのでしょうか。でもそれも違う気がします。
助けた猫は元気だそうです。さっき写真を見せてもらいました。雪のように白くて毛並みのいい猫です。
もしこの子を飼うなら帰ってから名前をつけてもいいですかと聞いたら、母は少し驚いたような表情をしたあと「構いませんよ」と言いました。
今名前を考えようかとも思いましたが、ヤナギと名乗る人(同じ部活の仲間だったそうです)から「ゆっくり休め」と言われたのでもう寝ます。
おやすみなさい。







あなたの夢を
見られたならいいのに








――2010年4月9日


あの子が帰ってきません。
一日二日いなくなるのは日常茶飯事でしたが、それでもいつだってお腹が空いたらふらりと戻ってくるというのに。
もう五日も姿を見ていません。
あの子を失ってしまったら、私はどうしたらいいのでしょうか。
私は生きる意味を失ってしまいます。

もしかすると、これが報いなのでしょうか。
今まできちんと彼に愛情表現をしなかったから。
常に遠回しな私に、「回りくどいはっきり言え」と何度も言った彼からの、罰。

神様、お願いします。
どうかもう私から何も奪わないで。
もしくは、奪うならいっそのこと、

あの子を探しに行ってきます。







時を戻せるなら
あの時拗ねたあなたに
“月が綺麗ですね”と
伝えたい
そして私は
揶揄するように指を絡めてくるあなたに
星の数だけ口付けをしよう








――2010年1月6日


風邪をこじらせてもう随分経ちます。
まだ熱っぽさが抜けない。
風邪なんて滅多にひかないから、対処法がよく分からない。

頭がぼんやりする。
考えるのは彼のことだけ。
もし彼が見舞いに来てくれると言ったなら、「あなたは風邪をひきやすいからうつってしまっては良くない」と私は返すのだろうか。
もしくは、人肌が恋しいというその気持ちが勝つのだろうか。
どちらにしろ彼は多分会いに来てくれて、そして、翌日嘘みたいに元気になった私が今度は彼の見舞いに行くのでしょう。

身体がだるいので、今日は短めで終わります。
ポエムをお休みにしようかと思いましたが、彼に対する想いは一生かかっても書ききれない気がするので、休まないことにします。
ベッドが冷たくなりそうですが、先程からあの子が私の布団に潜って暖めてくれているので心配はなさそうです。
気が向かない時は餌を持っていても近寄ってこないというのに、本当にこの子は彼によく似ている。
いてほしいときに、傍にいる。







一日中暗い部屋に
光が射すのを感じて
初めて星の明るさを知る
昼になると分からなくなる星の光は
あなたの優しさによく似ている








――2009年12月4日


日記に書くのもどうかとは思いますが、手紙として投函するのも恥ずかしいので。

Dear.私の大切な人

まず始めに、お誕生日おめでとうございます。
恋人の誕生日なのでバラを一輪だけくれませんか、と花屋で伝えると、少し笑われてしまいました。
そんなに気障だったでしょうか。
まあ、きっと、あなたにも笑われてしまうのだろうなと予想はしています。
それで構わないのです。
あなたの笑顔が見られるのなら。

最近、顔が優しくなったねと言われるようになりました。
少し前まではミイラみたいだったぞと丸井君に言われてしまいました。
そんなに酷かったのでしょうか。自分自身、苦笑いする他ありません。
あの子を飼い始めてからでしょうか?
当然ですよね、だってあなたにそっくりなのだから。
普段は素っ気ないくせに、餌が欲しいときだけは愛想よく足元にすり寄って来るんです。
食べ物も何でもいいという訳ではなくて、硬いキャットフードはあまり食べないのに、高級な猫缶だと「おかわり」をする勢いです。
そしていたずらがとても好きな子です。仔猫だからヤンチャでも構わないのですけれども、度を過ぎると少し困ります。
それでも、可愛いですよ。
この子が憎くて憎くてたまらない時期もありましたが、今はそれよりも愛情の方が強いです。
たまに同じ布団で寝るんですよ。普段飄々としている癖に、ひどく寒い日は私の部屋のドアを引っ掻いてアピールしてきます。
仕方がないのでドアを開けると、ちゃっかりベッドの中央を陣取られたりしますけれども。
そんなところも可愛いのです。
親馬鹿ならぬ、飼い主馬鹿です。このままだとこの子がとてつもない我侭になってしまいそう。きちんとしないといけませんね。

話を戻しましょう。
今日は、あなたを産んでくださったあなたのお母様にも感謝しなければいけません。
そしてあなたにも。
生まれてきてくださって、そして、
こんな私と出逢ってくれて、ありがとう。


  愛するあなたへ







むかし読んだおとぎ話に
誰かが生まれる度に星がひとつ増えるのだと書いてあった
あなたの星はどれだろう
誰よりも早く見つけられる自信があるというのに








――2009年10月19日


ああ、もう、どうして。

彼から誕生日の贈り物が届きました。
サプライズのつもりだったのでしょうか。
彼の企み顔が目に浮かぶようです。

この間あれだけ、もう泣かないと決めたのに。
二週間経たないうちに覆されてしまいました。

今日はもうこれ以上書けません。







星の光が優しすぎて
上を向いて歩けない








――2009年10月6日


決めました。私はもう泣きません。


今日、猫を連れて帰りました。
よく仁王君が餌をあげていた仔猫です。
猫を飼っても良いかと親に聞いた時、両親は少し驚いた顔をしましたが、私が面倒を見るなら構わないと言ってくれました。
心持ち、父も母も嬉しそうでした。
私が久しぶりに自発的に発言したからかもしれません。
この間の大雨のせいか仔猫は身体中汚れていたので、洗面所で洗ってやりました。気持ちよさそうに喉を鳴らしていました。
この子は実は透けるように真っ白だったのだな、と今更ながら思います。
しかしお風呂が好きな猫だなんて珍しい。



仁王君が亡くなって一ヶ月が経ちます。
この一ヶ月、泣かない日はありませんでした。
通学路に必ずいるこの子をどれほど前から仁王君が可愛がっていたかは私も知らないけれど、まさか命を張ってまで守るとは思っていませんでした。
正直、この子を恨みました。
私の大事な人を奪ったのだから。
この子さえいなければ、仁王君は今も私の隣にいてくれたのだろうから。
学校にさしかかる道でこの子を見かける度に、何度石をぶつけてやろうと思ったことか。
何度柳君と幸村君に止められたことか。

けれど、考えを改めました。
この子が生きているのは、仁王君が生きていた証。
仁王君が命を懸けてまで守った大事な子です。
私が守ってやらないで誰が守るというのだろう。
だからこの子を許すことにしました。
仔猫は私のベッドで眠っています。
とても居心地がよさそうなのでほっとしています。
今日どうしてこの子が私にすり寄ってきてくれたのか分からないけれど、初めてお互いを認め合えた気がしました。
精一杯可愛がろうと思います。
なんだかこの仔猫はそこはかとなく仁王君に似ている気がします。


名前を付けました。
最後まで叶えてあげられなかった「下の名前を呼んで」というあなたの願いを、今更思い出してしまって。
自己満足の罪滅ぼしかもしれないけれど、それでも、呼びたいのです。







空にいるあなたまで届くことを願って







マサハル。










******
時系列逆順という分かりにくい書き方をしてごめんなさい。

その場にそぐう『星』関連のポエム考える、というのが地味に一番大変でした。
夏目漱石がI love youを『月が綺麗ですね』と訳したのは有名な話。

2010.10.6.

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