05




「仁王、何だよいコイツ」
「手ぇ出すんじゃなかよ、ブンちゃん」

テニスコートのフェンスの外、ちょうど植え込みのところにぽっかりと1人分ほど空いたスペース。
私はそこに立って、フェンスの向こうに立つ仁王と赤い髪の人を見る。
赤い髪の人が誰かは知らないけど、仁王と彼の会話が成立してないような気がするのは私の気のせいだろうか。

「3Dの高峰亜紀でーす」

とりあえず自己紹介をしたら、赤い髪の人はキョトンとして。
名乗るでもなく、ただ一言シクヨロとだけ。

「……ブンちゃん、亜紀ちゃんにはちゃんと名乗らんといかんぜよ」
「はあ?!」

そして、仁王の言葉を聞いて目をむいて驚いていた。
そんなに驚くほどの事なんだろうか。

「マジで?うわー、めっずらしー。あ、俺丸井ブン太な」

自己紹介の後は、ニカッと笑ってガム食う?とガムを貰った。
髪の色は派手だけどいい人だ、うん。

「だーかーらー、コイツに手ぇ出すんじゃなかっちゅーとるじゃろ」
「はあ?こんくらいいーだろい」

私の前でギャーギャーやり出した二人。
そして二人の間、私の真正面に黄色いテニスボールが派手な音を立ててフェンスに激突した。
本当に目の前に飛んできたから、頭が真っ白になる。
いきなりの出来事に、言葉はおろか身体を動かすことすら出来ない。
……こっわ、超怖い、ぶつかるかと思った…!!
一種の恐怖体験だと思うよコレ、うん。

「仁王、丸井、何サボってるのかな」
「幸村、危ないじゃろ。ココに人居るんじゃぞ」

丸井君は引き攣った笑いを浮かべていたけど、仁王は冷静にそう言って足元に転がるテニスボールを拾っていた。
…なんで目の前をテニスボールが凄い勢いで横切っても冷静で居られるのかが不思議でならないんですが、仁王サン。

「ああ、そうだったの?それより早く練習に戻ろうか二人とも」

ボールを打っただろう人は、こちらから見て縦に並ぶコートの奥の方からこちらを見てにっこりと笑う。
それに溜め息をついてから、仁王はこちらを見て小さく笑うとゆっくり見ていきんしゃいと言ってコートに戻る。
仁王はゆったりとした特に急ぐでもない足取りなのに対して、丸井君は少し小走り。
なにこの差。

「もしかして君が仁王の彼女?」

入れ替わるようにこちらに歩いてきたのは、先ほど二人に注意していた人。
髪が緩くウェーブしている、驚くほどの美形さんだ。
仁王も美形だし、丸井君も然り。美形揃いか、テニス部は。

「…彼女というか、なんというか。まあそうなるんですかね?」

曖昧に言って笑えば、くすくすと可笑しそうに笑う。

「やっぱり。ああ、俺は幸村精市。テニス部の部長だよ」
「あ、部長さんかあ。成程。私は高峰亜紀です」

二人に注意したことに納得して、自己紹介をする。
それにしても、本当に美形だ。パッと見ると、女性に間違われそうなくらい。

「あの仁王が彼女作ったのにもビックリだけど、君にもビックリだね」
「丸井君もビックリしてたけど、何で?」

そこまで驚く理由が分からなくて首を傾げると、やっぱりと言って笑う。
笑うところなのだろうか。

「仁王はねえ、今まで女に興味ないって感じだったし。君はほら、珍しいタイプだし」

珍しいとは、何を指しての珍しいなのだろうか。
少なくとも外見の話ではないと思う。
外見だけだったら、私はごく一般的だろうから。多分。

「俺たちを知らないってことがね」

私が疑問に思っていたことに気付いたのだろう、幸村君が小さく笑いながらそう言う。
その言葉に今度は私が驚く番。

「え、知らないほうが可笑しいの?」

そりゃ、周りのことに疎いとは自分でも思っているけれど。
学年の有名な人を知らないほどだったのだろうか。
でもまあそれで死ぬわけでもあるまいし。

「まあ、一応ね。これでも俺達表彰とかされてるし、周りが騒いだりするから」

幸村君の言う周りとは、多分女子の事だろうと容易に想像できた。
だって、これだけの美形なのだから周りの女子が騒がないわけが無い。
…うん、だったら知らない私のほうが珍しがられるのもわかる。

「なるほど」

私が1人で納得していたら、時計に視線を向けた幸村君が気付いたように声を上げた。
どうやら喋りすぎたらしく、足をコートに向けた。

「じゃあ、ゆっくりしてって」

ラケットを持っていないほうの手をひらりと振ってコートに戻る幸村君の背を眺めて、視線を別のコートに向ける。
そこに銀色を見つけると、その銀色は私の方を無表情でジッと見ていた。



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