21
廊下はひんやりしていて、この時期は気持ちよく過ごせる。
しゃがみ込めば余計に涼しく感じる。
廊下の壁に背中をあずけてしゃがみ込むのが、ここ数日の私の日常となってきた。
そしてぼんやりと過ごすだけなのだけれど。
たまに通り過ぎる銀色に、見つけてもらいたいのかもしれない。
以前のように、声を掛けてもらいたいのかもしれない。
今日も廊下でぼんやりとしていたら聞こえた。
ぺたり、という数日前までは隣から聞こえていた足音。
顔を上げれば、目の前を通り過ぎるのは踵を潰した内靴を履いた足。
ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。
引き止めもしないで、その足音が過ぎるのを見送って。
膝に顔を埋めようとした時だった。
何かが、地に落ちたような。
鈍い音が聞こえた。
その直ぐ後に、驚いたような声。悲鳴。誰かを呼ぶ声。
声の方向に視線を向ければ、倒れた人の姿。
顔は見えないけれど。
隙間から見えた銀色に、血の気がさあっと引くのが分かった。
***
丸椅子に座って、窓の外を眺める。
静かだ。
先ほどまでは、賑やかだったのに。
賑やか、とは違うかもしれない。
あれはただ煩かっただけか。
白い空間、白いベッドには仁王。
青白い顔色に、泣きそうになった。
「何で、倒れてんの」
仁王が倒れて、保健室に運ばれて。
ただ呆然としてしまっていた私を保健室に引っ張ってきたのは、柳君だった。
その彼にここにいろ、と言われて。
仁王が倒れたところを目撃して心配したのであろう、保健室へ押しかけた他の女子やクラスメイトを追い払ったのはテニス部のレギュラーだった。
私に一言、仁王を頼むとだけ言って。
保健医は会議があるらしい。
私に仁王が目を覚ましたら後のことを任せて、そちらへ行ってしまった。
「仁王、」
呼びかける。
もう一度。
話をさせて欲しい。
「ねえ…」
どうして無茶なんてしてるのか、教えて欲しい。
「ま、さはる」
仁王の睫毛が、震えた。
うっすらと開いた目が、視線が。
私を捕らえた。
「……亜紀、ちゃん」
口が開いて、私の名を呼ぶ。
それだけ。
たったそれだけのことなのに。
不意に溢れた涙が、頬を伝っていく。
「…っにお、」
言いたいことは沢山ある。
なのに、いざとなると言葉が出てこない。
「夢、かのう」
するりと伸びた手が、私の頬に触れた。
次々溢れる涙が、仁王の手を濡らしていく。
「泣かんで」
「誰が、泣かせてると思、ってんの」
私の頬に触れる手を掴む。
仁王が、困ったように笑った。
「俺、のせい…かのう」
今だけでも良いと思った。
仁王が、私を見てくれている。
それだけで、十分だと。
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