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私を見てまず声を上げたのは、幸村君だった。

「あれ、高峰さん?どうしたの?」

海林館から出てきたテニス部レギュラーが、私をみて足を止めた。
その中には、当然仁王もいる。

「うん、ちょっとね」
「仁王待ち?それなら、俺たちは退散したほうがいいかな」

にっこりと笑って、幸村君が歩き出す。
それに続くように、仁王を除いたメンバーも歩き出した。
残ったのは私と、黙ったまま俯いて立つ仁王だけ。

「帰りに呼び止めて、ゴメン」
「話は終わったじゃろ」

話をする前に切り捨てられて、歩き出そうとする仁王の腕を掴んで引き止める。
仁王の視線は、前を向いたまま。
私の方を向くことはない。

「私は終わってない」
「離しんしゃい」

仁王に言われたところで、私が腕を解放するわけもない。
話が終わるまでは。

「嫌。私の話は終わってない」
「俺は終わった」

それでも、腕を振り払おうとしないのは仁王の優しさだろうか。
態度は冷たいままなのに。
別れても、それでも何処か優しさはある。

「私は、別れたくない。ヤダよ、認めない」

はっきりと、言い放つ。
別れようと言われて、そう簡単にはいそうですか、なんてうまくいくと思わないでもらいたい。
仁王に別れを告げられても、私はそれに何も答えていない。

「何を言うちょるんじゃ。もともと俺が、付き合えっちゅーただけじゃろ。なら俺がいつお前さんと別れようとも問題はなか」
「問題ない?まっさか」

問題ないわけがない。
仁王は、自分で言ったことを忘れてしまったのだろうか。
私が初めて仁王を知った、あの日に言ったことを。

「仁王が言ったのは、『仁王の言うことをいっこ聞く』だけ。忘れた?」

仁王が息を飲み込むのが聞こえた。
そして、舌打ち。

「私は、仁王の言うこと、いっこ聞いたよ。付き合え、って。だから、それ以外の『言うこと』は聞かなくてもいい」

屁理屈だ。
私が言っているのは、ただの我が儘なのかもしれない。
でも、子供のような我が儘を言ってでも。
仁王と別れたくはなかった。

「最悪じゃな、お前さん」
「最悪で結構」

前髪の隙間から、琥珀色が私を窺う。
にやりと笑ってやれば、掴んでいた腕が振り払われた。

「ウザいのう。邪魔なんじゃよ、お前さん。だから、俺の視界から消えんしゃい」

冷めた視線で私を一瞥して、仁王が歩き出す。
仁王は遠ざかっていくけれど、私の足は地面に縫い付けられたかのように動かない。
肝心の言葉が、言えていない。
けれど、凍りついた言葉は喉の奥につかえたまま。




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