01
それは、全くの偶然だった。
狙ったとかではなく、本当にただの偶然。
それが、こんなことになるなんて誰が思うだろう?
***
その日は天気が良くて。
余りにも気持ちが良かったので、外に出てのんびりしようと屋上に行った。
給水棟の上に上って、日向ぼっこをしていた。
そしたら見つけた、タンクの陰に隠れるように転がっていたテニスボール。
黄色いそれを手にとって、手遊びにポンと空へと放る。
ボンヤリとそれを繰り返していたら、キャッチし損ねたボールがポンポンと給水棟の上を跳ねた。
ボールを追いかけたその瞬間、ガチャリという金属音。
給水棟の端まで転がっていったテニスボールが、下へと落下するのが見えた。
「!っい、」
驚くような声が聞こえて、自分の顔が引き攣るのが分かった。
やっばい。
そう思って、隠れるようにそろりと下を覗き込む。
琥珀色の目が、しっかりとこちらを見上げていた。
「コレ、お前さんの仕業か」
「…も、申し訳ない」
隠れるのをやめて素直に謝れば、来いというジェスチャー。
それに従ってその場から飛び降りれば、呆れた顔をされた。
「恥じらいとかないんか。スカートん中見えるぜよ」
その言葉に思わずキョトンとする。
それから小さく笑って。
「スパッツ穿いてるんで問題ないっス」
「あそ」
短い返事。
それよりもと声が聞こえて、ズイと手が突き出された。
その手には私が先ほど転がして落としてしまったテニスボール。
「随分ええタイミングで落としたもんじゃのう」
「いや、けしてワザとではなく…」
ていうかこんな屋上に誰か人が来るとか思うわけないじゃないか。
しかも音も聞こえなかったのに、死角になっているところにちょうど来た人にワザと命中させるとか。
うん、無理無理。普通に考えて無理でしょう。
「頭にぶっかったんじゃが、」
「いやだからその、ゴメンナサイ」
ぶつかったのだろうその場所を擦りながら言われて、もう一度謝る。
「結構痛かったし…脳細胞減ったのう、誰かさんのおかげで」
「、う」
ワザとではない。けして、ワザとではないのだけれど。
それでも自分の良心がチクチクと痛む。
悪くないとは分かっていても、それでも。
「さて、どうしてくれるんかのう?」
ちらりと意地の悪い視線を向けられた。
え、どうしろと。
何と答えていいのかわからずにうろたえていたら、今度はにやりとした笑みを向けられる。
「俺の言うこと、いっこ聞いてもらいたいもんじゃのう」
「……はあ、」
思わずそう返して、ハッとなる。
いっこ、言うこと聞けと。
そう言ったか、この人。
「え、無茶なことは聞きませんからね?!私に出来る範囲のことしかしませんよ?!」
「おー、簡単なことじゃきそんな身構えなさんな」
その言葉にホッと胸を撫で下ろしていたら、その続きに目を見開くことになった。
今のは空耳でしょうか、空耳だよねうん。気のせい気のせい。
「聞いちょるんか」
「今の空耳ですよねーあはははは」
笑って流そうとした。
私の乾いた笑いだけが、屋上に空しく響いて消えた。
目の前に立つこの人は、笑うでもなく私を見ている。
「じゃから、俺と付き合え」
「…何処かに、とかそういう意味では…ないですよねえ」
私がそう言うと、彼は呆れたように溜め息をついた。
「今更そんなボケかます奴おらんじゃろ」
「ですよねー」
力なく笑って、溜め息。
ていうか、何を考えているのだろうかこの人は。
「…そもそも私、君の名前知らないんですけど」
そんな人といきなり付き合えとか言われても、ねえ。
困るというか。
今まで一度も会話をした事の無い人と付き合えるわけがない。
告げれば、目をまん丸にして。それから弾かれたように笑い出した。
「ぶ、っくく…、お前さん、希少価値付くぜよ」
「え?」
ワケが分からなくて、首を傾げれば。
やっと笑いをおさめた彼が、はーと呼吸を整えながら。
「3年B組、仁王雅治じゃ。ちなみにテニス部な」
「私は、」
「知っとう」
名乗ろうとして、言葉を遮られた。
目を丸くして彼、仁王雅治を見上げると、その目が笑みに細められる。
「3年D組の高峰亜紀、じゃろ?んで、美化委員」
「っ、え?何で、」
知ってるの、と続ける前に。
腕を掴まれて、引き寄せられた。
その力に踏ん張ることもできずにたたらを踏めば、額をぶつけた。
目の前には白いワイシャツ。
うん、肩に額強打すりゃ痛いよね。
どこか現実逃避しかけた頭で、そんなことを思う。
「よろしゅうな、亜紀ちゃん」
「は、」
耳元でそう囁かれて、顔を上げる。
その瞬間を狙い済ましたかのように、額に柔らかい感触。
え、何?
ちょっとしたパニックに陥れば、白い彼は小さく笑って離れていった。
「後でメール送るな」
ひらりと手を振って屋上から去っていった彼を、額を押さえて見送る。
展開が速くてついていけない。
ちょっと待て、何が起こった?
つい先ほどの出来事を脳内でリピートして、自分の身に起こったことを再確認。
それと同時に、顔に熱が集まった。
で、でこちゅーしてったよあの人!
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