18




「あ、亜紀お帰り」

いつの間にか、私は教室に戻ってきていたらしい。
無言で自分の席についた私に、友人が首を傾げる。

「…亜紀?」

馬鹿だ。
付き合え、と言われたから付き合った。
仮初めであろうと、楽しいと思った。
最初こそ気持ちはなかったけれど、いつの間にか仁王は私の世界にどんどん侵食してきていた。
たった2週間足らずの間なのに。

「は、え?ちょ、亜紀?!」

好きじゃなかった。
名前すら、知らなかった。顔も、声も。
興味なんてまるでなかったのに。
なのに。
何で別れを告げられて、こんなにショックを受けているのだろうか。

「何で泣いてるの、ねえ。どうしたの?」

苦しいのは、悲しいのは、何で?



 ***



「大丈夫?」

濡れたタオルをひたり、と瞼に押し当てる。
知らない間に溢れた涙は止まることを知らないように、ずっと泣いていた。
おかげで今の私の瞼は赤く腫れてしまっている。

「ん、ごめん」
「別にいいけど。それより、何があったのか位教えてくれるでしょ?」

友人の言葉に、黙り込む。
言いたくなかった。
あのことを言ってしまうと、それは私の中で現実味を帯びてしまう。
夢だと、思いたい。
悪い夢だったのだと。

「…仁王君と、別れた?」

俯いて黙る私に、察したのだろう友人が告げた言葉。
それは、紛れもない真実。
びくりと肩が震えてしまう。

「なるほどねー、それでか。それでこの状態。…亜紀、」
「ん、」

体温のせいで温くなった濡れタオルから顔を上げると、優しい顔の友人の姿。
手が伸びて、ふわふわと細い指が髪を撫でる。

「仁王君、好きなんだね」

その言葉に、全てが止まったような気がした。
私の思考回路も、音も、空気ですら。
全てが凍り付いて、砕け散った。

「…好き?」
「違うの?」

呟いた声に、友人が首を傾げた。
好き、という感情。
それがどんなものか、知らなかったけれど。
もしかしたら、この気持ちがそうなのかもしれない。
初めて知った、好きという感情を。

「…ち、がうく、ない」

ハッキリしない感情に名前がついたことで、冷静さが戻ってくる。
あんなにショックを受けた理由も、これで説明がつく。
自分の仁王に対する感情が明確になってしまえば、あとはすることはひとつだけ。




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