17
週末が明けて、月曜。
がらりと教室のドアを開けて自分の席に歩み寄って、あれ、と思った。
いつも居るはずの姿が、ない。
机に伏せて、声をかければ欠伸をしながら挨拶を返してくれる、仁王が居ない。
「亜紀?どーかしたの…ってあら。仁王君いないんだねえ、珍しー」
「そう、だね」
付き合えと言われたあの日から、2週間と経っていない。
けれど、朝に仁王の姿を見ないと物足りないと思うくらいに、仁王は私の世界に馴染んでしまっている。
その物足りなさは、どこからくるものだろう。
机の脇に鞄を掛けて、机に伏せる。
匂いをかげば、微かに湿った木の香り。
***
昼休みになっても、仁王は姿を現さなかった。
いつもは小さなビニール袋片手に引っ掛けて、一緒に食べようと誘いにくるのに。
そんなことを考えてどこかぼんやりしながら友達とお弁当を食べ終えて、ちょうど片付けた時に。
「亜紀ちゃん、ちょっとええか?」
ふらりと現れて、そう言って。
私の返事も確認せずに、廊下に出て行った仁王を追いかけた。
背中を丸くして歩く仁王の後ろを歩いて、着いた先は屋上。
「どう、したの?」
屋上についても一言も発しない仁王に、私の方から声をかける。
猫背で立ったまま、私の方を見ようともしない。
その様子を見て、おかしいと思うとほぼ同時。
「俺と別れてくれんか」
背中越しに、チラリと視線だけ向けられて告げられた言葉。
風が吹いて仁王の長い襟足が揺れる。
「…え、」
思っても見ない言葉に、声が詰まった。
私の様子に気付いたのだろう、仁王が大きく息を吐き出した。
「じゃけ、俺と別れてっちゅーとる」
「…な、んで?」
やっと出た声は、カラカラに乾いていた。
こちらを向いた仁王の顔に、表情はなかった。
「まさか、俺が本気でお前さんのこと好いちょるとでも思ったんか?はっ、だとしたらとんだ思い込みじゃのう。俺の噂、知っとるじゃろ」
「だ、って前に聞いたときは、違うって…」
冷たい視線に、硬い声。
くつくつと喉で笑う仁王に、前のような優しさはない。
誰だろう、目の前に居る仁王の姿をしたこの人は。
仁王だけど、仁王ではない誰かじゃないのだろうか。
「それこそ嘘じゃ。俺は女遊びだってするし、人を騙して楽しみもする。お前さんは、見事に俺に騙されてくれたっちゅーことじゃ。見事な騙されっぷりに俺がビックリしたナリ」
仁王の小さな笑い声が止まって。
すっと細められた目が、鋭く私を射抜いた。
その冷たさに、思考回路が鈍っていく。
「じゃが、もう厭きた。恋人ごっこはもう終わりじゃ」
強く、頭を殴られたようだった。
[*prev] [next#]
TOP