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「先、帰っててええっちゅーたんに」

何で待ってたんだ、と言葉は無くても目が語る。
雨のせいでいつもよりさらに薄暗い中、僅かな光を反射して仁王の目が金に見えた。
その視線に何故か耐えられなくて、逸らす。

「何となく、仁王と帰ろうかな、って思ったから」

だから、待ってた。
何でそんなこと思ったのかは分からない。
でも、確かにそう思ったから。

「ダメだったなら、もうしないけど」
「ダメじゃなか」

間髪入れずに返されて、驚いた。
再び仁王に視線をむければ、空いた片手で顔を覆う姿。
気のせいか、髪の隙間から覗く耳が赤いような。

「…にお?」
「不意打ち」

は?と思って首を傾げていたら、ピタリと仁王が足を止めた。
慌てて私も止まって仁王を正面から見上げれば、あーだのうーだの呻り声。
一体どうした。

「亜紀ちゃん」
「んー?」

顔を覆った指の隙間から、ちらりと視線を向けられて。
直ぐに逸られたけれど、繋がる言葉が中々仁王の口から出てこない。

「ぎゅーってしたい」
「え?」
突然のことに、思考回路が一瞬ストップする。
思考が戻る前には、仁王が既に動いていた。
暖かい腕が、背中に回る。

「ちょ、え、はっ?」
「もーやだ、どーしてくれるんじゃお前さん」

混乱する私にそんなことを言われても。
ていうか、ヤダとか。
どーして、とか言われても困る。
誰か通訳してください、何がどうなってこんなことになってんの。

「…におー、」
「、ん」

数秒で私の頭は冷静さを取り戻す。
取り戻して気付いた、目の前の肩。
雨で濡れて、しっとりと湿っていた。
私の肩と比べても、その濡れ具合は全然違う。
何気ないものかもしれないけれど、その優しさがちょっと嬉しい。

「…いこ」

離れたのは、仁王だった。
短くそう言って、再び並ぶ。歩き始めた仁王に、先ほどまでの優しさを感じなかったのは、何故だろう。
ちらりと盗み見た横顔は、今まで見たことが無いほどに険しかった。




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