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「高峰さん、ちょっといいかな?」

黄色い声のなか登場したのは、いつぞやの人。
ていうか、周り煩い。

「はい、えーと…確か幸村君、でしたっけ?」
「うん。久し振り」

お久し振りですとお辞儀をすれば、何で敬語?と笑われた。

「いや、何となく…。それより、何かご用ですか?」
「ああ、うん。仁王の事でちょっとね」

にこりと笑って、そう言った。
仁王の事でちょっとね?
え、何で仁王の事で私のところまで来るんだろうこの人。
そんなの本人に直接言えばいいじゃないか。

「君の言いたい事は何かわかった。…仁王に直接言っても効果は期待できないからね。高峰さんから言ってもらったほうがいいかと思って。で、お願いに来たんだ」
「え?」

話を聞けば、どうやら仁王は私と付き合いだした数日後から朝練に遅刻するようになったのだとか。
それが一度や二度で済むものではなく、朝錬のある日は毎回。
注意はしたものの、聞いているのかいないのか、相変わらず遅刻はするらしい。

「何か理由もあるんだろうけど、余りにも続くものでね。その理由を教えるでもないし。だから、高峰さんからも言って欲しいんだ」
「…はあ。そーゆー事なら、仕方ないですね。私からも言っておきます…けど、効果は期待しないでくださいよ?」

見上げて言えば、目の前の麗しき幸村君はそれはそれは素敵な笑みで頷いて。
その笑みを目撃したクラスメイトが一層黄色い声を上げたのは、言うまでもない。
それにしても仁王は朝練遅刻して、一体何をしてるのやら。



 ***



「あのさあ、仁王」
「なん?」

帰り道。
ぽてぽてと二人並んで歩いている最中に、今日幸村君に言われたことを思い出して口を開いた。
お互いの片手は、申し訳程度につながれている。
指先だけの、弱い繋がり。

「今日、幸村君がウチのクラスに来てね」
「は?幸村が何で亜紀ちゃんとこ行くんじゃ」

わけがわからんとでも言いたげな表情でこちらを見る仁王に、いいから聞いてと話を続ける。

「最近仁王が朝練遅刻してくるんだって話を聞いたんだけど」
「…あー…。幸村のヤツ、余計なことしよってからに」

溜め息、そして開いた手で前髪をくしゃりと乱す。
どうも言いにくそうに、あーだのうーだのと呻り声。

「言いたくないなら、別にいいけど。テニスには、支障でないようにだけしてもらいたいなー、って」
「…幸村が、そう言うたんか?」

乱れた前髪の隙間から、琥珀色の視線が私に向けられて。
その視線に、ちょっとビクリとした。
怖い、とかじゃない。なんだこれ。

「幸村君は、注意だけしてくれって。支障でないようにって思ったのは、私」
「ほーか」

目が細められて、薄らと笑む。
その表情は、何故か酷く大人びて見えて。
私がいつも見ていた仁王の表情とはあまりに違って、驚いた。
こんな表情もできるのか、と。



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