08
「あの悠先輩の妹…名前なんだっけ、アイツ」
「さあ?あんまり覚えてねーな」
「アイツなんかすっげー腹立つんだけど、俺。愛想ねーし、本当に仕事してんのかよって思うぜい」
「あー、たまに居るか居ないかわからんしのう」
部室に部誌を忘れてきたのを思い出してドアに手をかけたところで、聞こえた会話。
声からすると丸井先輩と仁王先輩、あともう1人は誰だろう。
どうやら内容は私の悪口か。これでは部室に入ろうにも入れないな。
とりあえず壁に寄りかかって、先輩たちが出てくるのを待とう。
「悠先輩と顔は似てるみてーだけどよ、なんつーか雰囲気?全然違うのな」
「暗いっちゅーか、地味?」
「あー、クラスに1人はいるよな。根暗っぽいの」
笑い声。言いたい事を言ってくれる。ここに本人がいるというのに。
ズルズルとしゃがみ込んで、膝に顔を埋める。溜め息がもれた。
「入らないのかい?」
降って来た声に、パッと顔を上げる。
緩くウェーブのかかった髪に、女の人のように整った顔。
「幸村、先輩」
「入るなら、ほら。どうぞ?」
がちゃ、とノブを回してドアを開けてくれる。
親切のつもりだろうけど、今はそれを有難いとは思えない。
「楓ちゃん?」
「あ、はい」
名前を呼ばれたことに驚いた。
誰も私の名前を覚えてくれていないだろうと思っていたから。
「……げ、」
「やっべ」
部室に残っていた三人の顔がさっと青褪める。
いや、仁王先輩だけは冷めた目でただこちらを見ているだけ。
「何の話をしてたの?」
「いや、別に…」
「そんな大した話じゃ、」
モゴモゴと口篭る二人に、幸村先輩が笑みを向ける。
綺麗に笑っているのに、目だけが笑っていない。
「大した話じゃないなら、俺にも教えてよ」
「…え、と」
「それとも話せない様な内容なのかな?」
ねえ?と聞かれるけど、どう返事をしていいのかわからない。
何も言えないまま視線を彷徨わせると、仁王先輩と視線がぶつかる。
興味がないような、冷めた視線。幸村先輩の言葉に動揺すら見せない。
「俺には彼女の悪口を言ってるように聞こえたんだけど…気のせいだったかな」
ギクリとした気配。図星をつかれて、誰も何も言えない。
それを感じ取ったのか、幸村先輩がふふ、と笑う。
「図星かい?…だとしたら君たちの目は節穴ってことになるね」
節穴発言に、丸井先輩の表情がが何言ってんだと言いたげなものになる。
つまらなそうにしていた仁王先輩の視線も、幸村先輩に向けられる。
「楓ちゃん、彼らの名前知ってるだろ?」
「…左から2-E丸井ブン太、2-A冨永祥吾、2-G仁王雅治」
言われて、正直に答える。面倒だから、敬称は省いて。
でも、彼らはだから何だという感じなのだろう。ワケが分からないと言わんばかりの顔。
「知ってたかい?俺達、彼女に自己紹介してないんだよ」
「…え、あ!」
三人の顔が、驚いたものに変わる。仁王先輩ですら、目を丸くして。
「ドリンク、君達も飲んだでしょ?」
「まあ、そりゃあ当然…」
「味は良かったし、それに冷たかったよね?」
頷く三人。
それより、この幸村先輩どこまで知ってるんだろう。
「今日悠先輩、委員会で遅く来たの知ってた?」
「…え」
「ドリンク作ってくれたの、彼女なんだよ」
ね?と言われて、小さく頷く。なんだか凄く、居辛い。
今まで、誰かにこんな風に言われたことが無かった。
知っていてくれた事が嬉しい。でもそれがなんだかむず痒くてしかたない。
「君たちは部活をいつも通りにやってて気付かないだろうけど、影で彼女はちゃんと仕事をしてる。彼女が仕事をしてるからこその『いつも通り』だって、君たちは知っておくべきだよ」
幸村先輩の言葉に、二人はバツが悪そうに視線をそらす。
仁王先輩だけが飄々とした態度でそこに居た。
たださっきまでと違うのは、その視線に温度があったということだけ。
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