19
海林館の出入口の横に寄りかかって、爪先に視線を落とす。
何だか、ヘンな気分だ。
ついこの間まで恋愛に興味なんてないと思ってて、自分の気持ちをちゃんと考えたことなんてなかったのに。
ざわざわとした気配が近づいてきたのに気付いて、深呼吸をする。
頭の中が真っ白だ。
「切原、今からマック行かねえ?マック!」
「お、いっスね!」
「仁王も行くだろい?」
テニス部が、私の存在に気付かずに海林館から出てくる。
その中に銀色を認めると、一瞬考えてから駆け寄る。
「!…綾、ちゃん?」
制服の背中を掴むと、目を丸くした仁王がこちらを振り向く。
だけど何を言っていいのかわからなくて、だんまりを決め込む。
「あー…ブンちゃん、俺今日は止めとくぜよ」
「だな。じゃーなー」
何も言わない私を見下ろして、仁王が誘いを断ってた。
ジャッカルと柳が小さく笑って、私の頭に手をぽんと載せていく。
「綾ちゃん、まず手ぇ離さんか?」
困ったような声に、しぶしぶ手を離す。
相変わらず何を話していいのかわからないままで、ちょっと頭が混乱し始める。
友達に行ってきなと言われて来たけど、どうしよう…!
「何か、言いたいことあるんか?」
「………馬鹿」
ようやく出たのは、その一言。自分でも何を言っているのか分からない。
「馬鹿、馬鹿!仁王の大馬鹿!」
「な、いきなりそれはヒドくなか?!」
馬鹿馬鹿と連呼されれば仁王も怒るだろう。
頭の中にあったのは、仁王も自分も、馬鹿だということ。
「いきなり無視しだすとか、馬鹿としか思えないでしょうが!」
「べ、つに無視してなか!」
無視してたんじゃないとすれば、じゃあ今日までの数日は何だったんだ。
「無視じゃなか、ただ近付かんかっただけじゃ!」
「大して違わないでしょー?!」
私からすれば、無視も近付かれないのも大差無い。
仁王が近くに居ないことに変わりはない。
「…寂しかった?」
「……物足りない」
物足りないと思うほど、仁王が側に居ることが当たり前になってた。
当たり前が当たり前でなくなれば、落ち着かない。落ち着けない。
「もう一声」
「競りかよ」
短いやり取りに、笑いが零れた。
こんなやり取りがなくてはつまらない。
「冗談じゃなくて、もっと、他にも言いたいこと、ないんか?」
「…つまんない。一日が、すごく、長かった」
仁王の顔を見ながらなんて言えなくて、視線を逸らす。
動く気配がして、仁王が距離をつめたのがわかる。
「…ヤバい、綾ちゃん可愛い」
「え」
「ぎゅうってしてい?」
突然の仁王の言葉に驚いて、思いっきり距離をとった。
何を言い出すんだ、こいつ!
「…そんなに離れられると流石に傷付くんじゃが」
「だ、って吃驚した!」
拗ねた様に口をとげる仁王がまた歳相応で可愛い。
「ケチ」
「うっさい」
そっぽを向いて、仁王に構わずに歩き出す。
数歩歩いたところで、鞄を持っていない手を掴まれて立ち止まる。
隣を見上げれば、嬉しそうに淡く微笑む仁王が立ってて。
「一緒帰ろ」
「お好きにどうぞ」
それだけ言って、また歩き出す。
でも握られた手が離されることはない。
「…そういえばさ」
「ん?」
ポツリと呟く。
聞くのを忘れていたことがあった。
「何でいきなり無視し始めたのか、理由聞いてないんだけど」
「あー。綾ちゃんの反応見たかったんじゃ。暫く近寄らんかったらどう動くかと」
仁王の言葉を聞いて、少しホッとした。
そして、自分自身に疑問。なんで、ホッとしてるんだろう。
「私が動いて満足?」
「どうせならもっと言葉が欲しかったところじゃが。ま、贅沢は言わんよ」
上機嫌で歩く仁王が、繋いだ手を軽く前後に振る。
鼻歌でも歌いだしそうな勢いだな。
「やっぱ、この方がよかね」
「なに?」
手を繋ぐ力が、少しだけ強くなる。
見上げれば仁王が嬉しそうに笑ってこっちを見てて、少し居心地が悪い。
「綾ちゃんの隣がよかよ」
「どうせ仁王の他に私の隣にいたいなんて人いないし、好きなだけいればいいよ」
さらっと言って、元の様に歩き出す。
でも隣を歩く仁王はそうじゃない。溜め息をついて、首筋を掻いてる。
「どーかした?」
「お前さん、それ無意識か?」
「は?」
わけの分からないことを言い出した仁王に、思わず声をあげる。
多分、眉も寄ってるんだろう。
「わかっちょらんつーことは無意識か。恐ろしいの、天然は」
「何言ってんの、仁王」
「今お前さんが言った言葉、あれ口説き文句ととられてもおかしくないんじゃが」
そういわれて、先ほど自分が言った言葉をもう一回思い出してみる。
自分の中で噛み砕いてみる。
「うっ!」
「綾ちゃんの言葉に甘えて、好きなだけ隣にいることにするかの」
呻いた私の隣で仁王がとうとう上機嫌で鼻歌を歌いだした。
しかも、繋いだ手をブンブンと振って。
「ちょ、さっきのナシ!取り消してー!」
「いーやーじゃー!」
今度からちゃんと考えてから発言するようにしよう。
密かに、そう誓った瞬間。
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