16
「綾ってさ、好きな人っていないの?」
放課後、友達からのいきなりの質問。
思いも寄らぬ問いに、とっさに言葉が出てこない。
「……は?」
「だから、好きな人。綾からそういう話聞いたことないから気になって」
まあ、特に意識したことはないからそんな話をしたこともないから当然だけど。
それにしても、女の子ってこういう話好きだよね。何で?
「特に意識したことないからなんとも言えないよ」
「えー。テニス部と仲良いからその中の誰かかと思った。仁王君とか」
最近特に仲いいよね?と聞いてくる友達に、曖昧に返事をする。
言われて見れば、そうかもしれない。
特別扱いしてるつもりはなかったけど、お弁当作ってきてるあたりで既に特別扱いだ。
「んん、好きとかそういうんじゃなくて、懐かれてるから世話してる感じかも」
「あんたね、ペットじゃないんだから…」
呆れた顔をされた。だって、事実そんな感じだし。
犬とか、そんな感じ。機嫌の良いときは尻尾振って近寄ってきて、しょげると尻尾もダラーンとして。
結んだ髪が尻尾みたいだし、ピッタリだ。
「気になったりしないの?」
「え、何が?」
「仁王君の好きな人」
前居るって噂になってたでしょ、と言われて思い出す。
そういえばそんなこともあった。自分も被害を受けたのだった。
「まあ、多少ねー。何処の美人さんだろう、と」
「吃驚しなかった?」
「しなかったって言えば嘘になるかな。少し動揺したかも」
何であの時動揺したのかは今でも分からないけど。
多分気持ちの問題だ。自分と仲良くしてて、それで他に好きな人がいたのかと。
…て、アレ?
ちょっと考え込んでから、ふと気付いて顔を上げてみればニンマリと笑う友達。
「ちょ、え、何コレ誘導尋問?!」
「えー、別にそんなつもりはないけどぉー?」
ニヤニヤ笑う友達に、失敗したと溜め息をつく。
「へぇ、そう。仁王君かあ」
「だから、好きとかじゃないってば」
「ニブいよね、綾って」
仁王君も苦労するわー、と友達1人楽しげだ。
私そっちのけでなんでこの子は楽しんでるんでしょうね?
「よーく考えてみたら?」
あのあと相変わらずニヤニヤする友達に解放されて校門のほうに向かって歩いていたら、遠目にテニスコートが見えた。
心地よく響く音と、掛け声。目に付く、銀色。
友達がヘンなことを聞いてくるから、妙に意識してしまう。
今までそんな事まで深く考えてこなかったから、よく分からない。
そもそも『好き』って何だ。どんな感情なのか、いまいち分かっていない。
話を聞いていればどんな気持ちか分かるようだけど、自分の事となるとはっきりしない。
側にいるとドキドキする、目が自然に追いかけてしまう、別の女の子と話しているのを見ると胸が痛い。
どれも恋をすると感じることらしい。でも自分はどうだろう。
ドキドキするのなんてせいぜい緊張したときか吃驚したときくらいだし、目が自然に誰かを追いかけることもないと思う。
誰がどの女の子と話をしていようと、胸が痛いと思うことも無い。
そういえば、仁王の好きな子が気になるならないの話をして、なぜ友達はニヤニヤ笑ったのだろう。
何かヘンなことを、言っただろうか?言ったのは、少し動揺したとだけだ。
「…何でだ?」
そういえば、何であの時自分は動揺したのだろう。動揺するほどの内容だっただろうか。
それに、あの時に言った言葉。『誤解されるようなことはやめようよ』という自分の言葉。
誤解されたくなかったのに、イヤかと聞かれて頷けなかった。
……もう止めよう。考えたところでキリがない。
溜め息一つ。好きな人がいないところで死ぬわけじゃないし、別に問題はない。
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