Engagement
沙耶と仁王の関係が変わってすぐの休日。沙耶は仁王の住むマンションへ来ていた。今後の事を色々と決めるためにこの土日を使うつもりだったのだ。テーブルの上には二人で住むために探してきた物件の資料、そしてブライダル関係の雑誌。まっさらな紙には今後の予定を示す単語や日付が踊っている。
「んじゃ、物件の下見はこの日に決定じゃな」
「ん、おっけー」
仁王が紙の上に書かれた日付にぐりぐりと何重にも丸を付け、その向かい側で沙耶が今後の予定を丁寧に紙に纏める。
紙にペンを走らせる沙耶の左手に光るものへと視線を向けた仁王が、薄く笑む。自分と沙耶の関係の変化を示すその輝きが嬉しくて仕方がない。
「雅治?どしたの?」
「んー?何でもないナリ」
沙耶の指に光る指輪が嬉しくて笑ってましただなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。仁王はそう思っていたのだけれど、沙耶には仁王が笑っていたその理由を何となく察していた。沙耶もまた、自分の指に輝くものを見るたびに嬉しくて仕方がないのだから。
柔らかな沈黙で二人の空間が満たされるけれど、居心地の悪さなんて一切感じない。むしろ逆ですらある。
そんな沈黙を引き裂くようにインターホンが鳴り響く。眉を顰めた仁王が立ち上がり、不機嫌そうに相手を確認している。
「…誰じゃ」
『誰とはご挨拶だなあ。俺の顔を忘れたとは言わせないよ』
聞こえてきた声に、沙耶も弾かれたように顔を上げる。沙耶の視線の先に居る仁王も驚いたらしい。
「ちょい待ち」
短くそう言った仁王の後に続いて、沙耶も玄関に向かう。伸びた仁王の手が鍵を開けてドアノブを捻って扉が開く。その直後。
「「「「「「「Congratulations!」」」」」」」
聞こえてきた声と炸裂音、そして。
沙耶の目の前に立ってドアを開けたはずの仁王の顔面に炸裂した、生クリーム。
「……………え?」
驚きの余り、沙耶も仁王も動きが止まっていた。仁王に至っては、顔中生クリームだらけである。生クリームのせいで仁王の顔に貼り付いていた紙皿が滑って玄関にべちゃりと音を立てて落ちた。
玄関の向こう側には、何かを投げた後のような体勢をとった満面の笑顔の幸村に、相変わらずのぶっちょう面した真田、表情の読めない柳、何故かハンカチ片手に涙を拭う柳生、クラッカーを持った丸井・ジャッカル・切原の姿。要するに、仁王の学生時代のチームメイトが集結していた。
「やだなあ仁王ってば水臭いんだから。結婚するならするって俺達に報告の一つや二つ、くれたっていいだろ?」
腕を組んで、どこか満足げな笑みを浮かべて幸村が言い放った。丸井と切原は腹を抱えてゲラゲラ笑いながらもクリームまみれになった仁王の姿をケータイのカメラでばしばし撮りまくっている。
「それにしたって随分なご挨拶やのう?いくら何でもこれはやりすぎじゃろ」
いつもより数段低い仁王の声。その声を聞いて沙耶は気付く。ああ、仁王が怒っている。それを察したのであろう、先ほどまで笑っていたはずの丸井と切原は笑いを治め、顔を引き攣らせている。
顔にべったりとついたクリームを手で拭いとりながら身を屈めた仁王は足元に落ちた紙皿を拾い上げ。直後。
ひゅん、と風を切る音。そして。
「うぶっ!」
パァン、という音と共に切原のくぐもった呻き声。
どうやら仁王が足元に落ちたクリームまみれの紙皿を拾い上げ、目に見えないほどの速さで切原めがけて投げつけたらしい。
その直ぐ隣に立つ丸井とジャッカルには、仁王のクリームまみれの手が襲い掛かった。
***
「おまんらのお陰で今日の予定がパーじゃ」
がしがしとタオルで髪を拭きながら仁王が風呂から上がってきた。幸村に投げつけられた生クリームは顔どころか首や胸元、髪までも汚してしまっていた。そうなってしまえばクリームを落とすには風呂に入るのが一番手っ取り早いからと仁王は彼らを放置してさっさと風呂へと入ってしまったのだ。
キレた仁王によって同じくクリームまみれにされた切原・丸井・ジャッカルは沙耶に手渡されたタオルで大体のクリームはとれている。しかしやはりどこかベタつくらしく、先ほどから顔を顰めては髪をひと房摘んだりしている。まあジャッカルは相変わらずのスキンヘッドであるので洗面所で顔を洗った位ですっきりした様子だが。
「俺の予想では、土日の予定は明日で全て片付くはずだが?」
「見に行く物件すら決まっちょらんのに片付くわけなかろ」
不機嫌そうに言う仁王に、くつりと笑った柳が一枚の紙を手渡す。その紙を沙耶も横から覗き込む。
「参謀、コレ…」
「立地条件、間取り、家賃。どれを取っても文句はないだろう?」
連絡はすでに入れてあるから、明日の午前中に下見に行くといい。そう付け足して柳が笑う。
「ありがとう、柳くん」
「恩にきるぜよ」
沙耶と仁王が嬉しそうに礼を述べれば、満足げに頷いた柳の隣で切原と丸井が喚き出す。
「だああああ!!んなことより!パーティーすんぞパーティー!!」
「そーッスよ!!せっかくのお祝いなんスから!パーッとやりますよー!!」
そしてどこからかスナック菓子やらケーキやらビール・缶チューハイ・ワインを取り出してテーブルの上に並べだす。幸村はどこから取り出したのか、宅配ピザのチラシ片手にケータイで電話を掛けている。
「30分くらいで届くって」
「仁王、グラスって戸棚に入ってるやつしかねえのか?」
もう好き放題である。勝手に食器を出され、冷蔵庫から食材を出して料理までしている。
そういえばいつもであれば煩いはずの真田が静かなのでどうしたのだろうと真田の方を見遣れば、どうやら真田は泣いているらしかった。ときどき聞こえてくる、聞き苦しい嗚咽にはもう苦笑するしかあるまい。
あと、口煩く切原や丸井を注意しているだろう柳生の姿も見当たらない。どこに行ったのだろうと仁王が部屋と短い廊下を仕切るドアを開ければ、柳生は顔を両手で覆って
「あの仁王君が…仁王君が、結婚だなんて…。私はもう、嬉しくて仕方ないです…」
と言いながら泣いていた。これには流石の仁王もドン引きである。柳生に気付かれないようにそっとドアを閉めたのは、仁王の柳生への思いやりのつもりらしい。本当は見なかったことにしたいだけかもしれないが。
仁王と沙耶は彼らの様子を見て、呆れたように笑うだけだった。
それでも彼らなりに二人の事を祝おうとこうして集ってくれたことに対しては、感謝していた。
「のう、沙耶」
「ん?」
「幸せになろーな」
Engagement
部屋の隅で囁きあう二人の姿を見たチームメイト達は、それぞれが気付かないふりをしながらも二人を精一杯祝福してやろうと準備を進めていた。
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2012にお誕企画3部作の最後です!
やりたかったのはパイ投げ(?)です(・∀・)
幸村ならそりゃもう満面の笑みで投げ付けてくれることでしょうよ!
仁王、誕生日おめでとうーーーーー!!!!\(*^O^*)/
2012.12.04 弐号
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