赤い糸の代用品
さてはて、どうしたものだろうか。
今私を悩ませているのは、彼氏である仁王雅治の誕生日プレゼント。
去年はマフラーと手袋(ヤツは寒がりだからやたらと喜ばれた)、一昨年は財布(いい加減財布がボロくなってて買い替えないととボヤいていたからこれも同じく喜ばれた)、その前の年はタオルとリストバンド(一番使うものだからこれも喜ばれた)。
ヤツとの付き合い自体は既に8年近くもなる。男女としての交際を始めたのは4年前だけれど。
付き合う前は悪戯グッズとか髪ゴムだとか些細なもので済ませていたけれど、彼女としてプレゼントするならちゃんとしたものにしたい。
そんな思いもあって毎年ヤツの誕生日が近付いてくるといつも頭を悩ませているのだけれど、流石に今年はいい加減ネタ切れだ。仁王が何かを欲しいとボヤいているのも聞いていないから、今はそれほど欲しいものなんてないのだろう。
大学生となった今、テニスはサークルとしてたまに活動するくらいのもので中高生の時ほどテニスに打ち込んでいるわけではない。イコール、テニス関連のものはあまり必要ないということ。そうなるとプレゼントできるものの種類もぐんと減ってしまうわけだ。
「…というわけですよ柳さん。あんたのその無駄なデータを今こそ活かすべきだとおもうんですが何か良い物ないですかね」
目の前で静かに紅茶を飲む柳。対する私は柳との間にあるテーブルに手をついて身を乗り出した状態。中学高校と男子テニス部のマネージャーを務めた私は、元男子テニス部レギュラーとは当然交流がある。こういうときに一番心強い味方になるのは柳だと思い、わざわざ呼び出して学内のカフェで相談がてらお茶をしているのだ。
「そうは言っても、俺とて仁王と学部が違うからなかなか会う機会もない。よって、仁王の欲しいもののデータは揃っていない」
そもそもヤツは俺に正確なデータを取らせてはくれないからな、と。そう言ってちらりと笑う。
そういえばそうだった。仁王はこの柳にすら正確なデータを把握させていないのだった。
それに仁王は建築デザイン、柳は薬剤と、同じ大学内ではあるが学部が全然違う。そもそも会うことすら難しいというのに、データをそろえるなんてことが出来る筈も無い。
柳には悪いけど、一瞬使えねーとか思ってしまった。仕方ないことなのに。うん、ゴメン。
「…そっか、そうだよねー。でも、データとかは抜きにして。どんなのがいいとか、ちょっとしたアイデアくらい無いかなあ」
テーブルに手を付いて乗り出していた身体を椅子に預けて、ため息ひとつ。
本当に何も思いつかないのだ。アクセサリーをあげようかとも思ったが、仁王はアクセサリーをあまり好まない。つけているのなんて、本当に見ることが無い。唯一つけているのなんて、私とペアのリングだけ。
「俺の場合万年筆…といいたいところだが、仁王が万年筆を使うわけも無いだろう。無難なところでいうなら腕時計、だろうな」
腕時計。新しい選択肢に少し舞い上がる。やっぱり相談してみるものだ!
と、喜んでみたところでふと気付く。仁王って、そもそも腕時計していただろうか。
携帯電話で時間を確認しているのは見たことあるけれど、腕時計で時間を確認している姿なんて見たことがないような気がする。大学で講義を受けている最中はどうなのかわからないから何ともいえないけれど。
「…学校ではどうだか分からないけど、私の前ではあまり腕時計で時間確認してるの見たことない…」
今は使わずとも、社会人になれば必要になるのかもしれない。けれど、私や仁王が社会人になるのなんて最低でも2年も先のことだ。数年後に使うかもしれないものを今買ってプレゼントしたところで果たして喜んでもらえるのだろうか。
「まあ仁王の誕生日まではまだ時間もある。ゆっくり考えればいいだろう。俺もそれとなく探りをいれておこう」
そう言ってくれた柳。優しいなデータマン!一瞬でも使えねーとか思って悪かった!
その後は普通に最近の出来事など他愛もない話をして、柳と別れた。別れ際によろしくとしっかり念を押してから。
***
柳にプレゼントについての相談をしてから数日。柳からの連絡を待ちながら自分でも何かプレゼントにいいものは無いかちょっとした時間を使って探していたものの、結局これといって良さそうなものを見つけられずにいる。
本当、どうしよう。今日探して見つけることが出来なかったら、あとは探す時間は割けないのだ。明日から仁王の誕生日の前日である12月3日までみっちりバイトのシフトが組まれている。
タイムリミットは今日なのに、柳からの連絡もきやしない。
「…ご馳走とケーキで勘弁してもらえるかなあ」
今日探せないとなると、あとはご馳走とケーキで誤魔化すしか方法はない。誤魔化すは言葉が悪いかもしれない。プレゼントがあってもなくても、ご馳走とケーキを振舞うのは私の中で決定事項なのだから。
仁王の誕生日当日のご馳走は何にしようかと、自分に作れるメニューを頭の中で確認している最中に、ポケットに突っ込んでいた携帯電話が着信を告げた。マナーモードに設定している携帯電話の振動が途切れる気配はない。メールではなく通話着信だということに気付いて慌てて携帯電話を耳に当てる。
『遅い』
「ごめん。…で、何か収穫あった?」
通話の相手は柳。電話をかけてくるということは、何かしらの情報を入手したということだ。自分でも声が弾むのが分かる。
『ああ。それとなく聞いてみたら、欲しいものがあるらしい』
「でかした柳!流石データマンの名前は伊達じゃないね!で、何?」
わくわくと次の柳の言葉を待つも、柳は中々言葉を発しようとしない。沈黙の時間が5秒、10秒と過ぎていく。
「…えと、柳?」
『……欲しいものはあるらしいんだが、それが何かは言わなかったんだ。そもそも【物】ではないらしいしな』
私の期待は、思いっきり空振りに終わった。教えてもらえなかったというなら、なんで電話をかけてきたのだろう。……いや、教えてもらえなかったという報告があっただけマシか。
というか、仁王が欲しいものが【物】じゃないってどういうことだろう。何かをして欲しいとか、そういうことだろうか。何かをするという行為は確かに【物】ではないし。
『だがあの仁王のことだ。俺が槙原に頼まれて探りを入れていることに気付いた上でああ言った可能性は大いにあるだろう。当日仁王から何かしらプレゼントについて切り出される可能性は64%だ』
「…なにその微妙なパーセンテージ…。逆にリアルですよ柳さん」
唸りたいのを押し殺してそう言ってやれば、何しろあの仁王が相手だからな、と笑って返されてしまった。それは彼女である槙原が一番分かっているだろう、とも言われては返す言葉も無い。ごもっともです。
結局は何も分からず仕舞いに終わってしまった。
仁王は、私に何かを頼むつもりなのだろうか。考えたところで、私に分かるわけもなかったのだけれど。
***
何だかんだで、仁王の誕生日当日。今私は仁王のマンションにて夕食の準備中。
ぺったぺったとハンバーグの形を整えているところに仁王が帰宅。おかえりーと声を掛けることに抵抗や恥ずかしさなんて感じない。もう慣れたものだ。
「ただいまナリ。それ、ハンバーグ?」
「そ。最近作ってなかったし、それに雅治この間食べたいって言ってたからね」
「覚えちょったんか。嬉しいのう」
嬉しいのはハンバーグか、それとも覚えていたことか。もしくはその両方か。
どちらにしろ喜んでもらえるのならそれでいい。今日は仁王の誕生日なのだから。
再びぺったぺったとハンバーグの形を整えながらちらりと仁王に視線を向ければ、手にしていたバッグを置きに部屋に入るところだった。直ぐに部屋から出てくると次は洗面所に向かう。
その背中がドアの向こうに消えると、次のハンバーグの形を整えるために視線を落とした。…少しばかり、分量大目だったかもしれない。これで四つ目のハンバーグだ。その他にもボウルの中には捏ねた肉が残っている。この残った分はお弁当用に小さく焼くことにしようか。
そんなことを考えながらハンバーグの形を整え終え、べたべたの手を洗う。仁王はいつの間にやら洗面所からリビングに戻って来ていて、テレビをつけてソファの上で寛いだ様子だ。
「まさはるー、ハンバーグ焼けたらご飯にしよ」
「おん」
声をかけると、ソファの背もたれの上に思い切り仰け反るようにしてこちらに視線を寄越す。その視線を受けてから、正面に向き直る。フライパンの上ではハンバーグがじゅう、と音を立てて油を小さく跳ねさせていた。
***
食事を終えると、ソファに座ってまったり過ごす。が、それは普段の話であって、今日は違う。今日は一大イベント、仁王の誕生日。
「はい、ケーキ」
「手作り?」
コーヒーは既に淹れてテーブルの上。ケーキを手渡せば、それを受け取った仁王が聞いてくるものだから控えめに頷く。仁王は甘いモノが得意ではない。そうなると買えるケーキなんて限られてくるのだ。ならば自分で作れば間違いないだろうと思って作ってみたのだが、見た目だけは売り物のようにはいかなかった。お菓子ならばたまに作ったりするが、ケーキなんてそう作る機会もない。見れば一発で手作りと分かってしまう出来に、仕方ないと思いながらも苦笑い。
「見た目悪くてごめんねー。でも甘さは控えてあるから大丈夫!」
「問題なかよ。作ってくれたっちゅーんだけでも嬉しい」
そう言って、仁王の目が僅かに細められる。付き合いの浅い人間ならば、今の仁王は無表情と取られるに違いない。もともと仁王はあまり感情が表情には出ないタイプだ。だから見分けるのは難しいかもしれないが、付き合いがそこそこ長い私からすれば、今の仁王が笑っていることくらい直ぐにわかる。
「誕生日おめでとう」
「ありがとさん」
祝いの言葉を述べれば、今度は誰にでも分かるほどにふわりと笑う。
「でも、ゴメンね。プレゼント、準備できなかったんだ」
「参謀に頼んで探り入れてきたけぇ、予想はしとったよ」
やはりバレていたらしい。はは、と空笑いをする私を横目に仁王はケーキを一口頬張る。もぐもぐと咀嚼しながらポケットを探って、取り出したのは小さなケースと紙袋。何だこれは、と首を傾げれば仁王はコーヒーを一口啜る。
「そのケース、開けてみんしゃい」
「ん?」
言われたとおり小さなケースを受け取ってあけてみれば、中には小さなピアスが一組。どこをどう見ても、ピアスだ。しかも、その辺で売ってる安っちいものじゃない。きちんとした石だ、このピアス。
けれど、なぜこのピアスを私に渡したのかが理解できない。というか、そもそもピアスホール開けてないし。
「…このピアスがどしたの?」
「プレゼント」
ちょっとまて、おかしいぞ。プレゼントを贈るべきなのは私であって、仁王ではない。なのに何故仁王が私にピアスを手渡してプレゼントだなどと言っているのだろうか。
「いや逆でしょうよ普通。何で雅治が私にプレゼント渡してんの?」
「ん?いんや、ちゃんとプレゼント貰うぜよ」
分からないと首を傾げる私に対し、仁王はやたらと楽しげだ。ピアスが入ったケースと一緒に取り出した小さな紙袋の封を切って、中から何かを取り出している。手の平サイズのそれは、白い。厚紙と透明なプラスチックから出来たパッケージからそれを取り出して、私の目の前に掲げてみせる。
「…ピアッサー?」
「そ。」
私の言葉を肯定して、ピアッサーを持ったままの手を私に向かって伸ばす。
……まさか。
「ピアスホール開けて、このピアスして。それで、プレゼントには十分じゃ」
「いやいやちょっと待って、いきなりピアスホール開けるとか心の準備が必要ですから」
というか、何でピアスホールを開けてピアスつけるのがプレゼントになるのだろうか。そんな疑問があるけれど、まずは何より私の耳元に伸びる手をなんとかしなければ。心の準備もなしにいきなりピアスホールを開けるだなんて、心臓に悪そうだ。
仁王は私が何を考えているのか分かったように、一旦私に向かって伸ばしていた手を下ろしてくれた。
「沙耶のことじゃけ、何で俺がピアスホール開けろとかいきなり言い出したんかわかっちょらんじゃろ」
「あ、やっぱりバレバレ」
えへっと笑った私に対して、仁王はため息をひとつ。そんな、ため息つかなくてもいいじゃないか。
「好いとう女に自分の手でピアスホール開けるんは、俺にとっては何よりのプレゼント。傷一つ無い身体に、ピアスホールっちゅう形で傷…っちゅうのも何じゃけど、をつけられるんじゃ。沙耶は俺のだっていうマーキングみたいなもんナリ」
ちなみに沙耶は右耳な、俺は左。そう言って、再び私の耳元に手を伸ばす。今度はその手を拒否することなく受け入れる。
私も大概単純だなあ、と心の中で笑う。片耳ずつあけるピアスホール。それが私が仁王のものだというマーキングになるというのなら逆も然り。仁王は、私のもの。
ばちんという音と共に耳が痛んで目じりに涙が溜まる。小さく笑った仁王が私の目じりの涙を舐め上げて、今度は私にピアッサーを手渡す。今度は私が仁王の耳元に手を伸ばす。
ピアッサーを持った手に力を籠めた瞬間に、思う。
まるで、赤い糸の代用品のようだな、と。
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仁王誕生日記念!
におちゃん誕生日おめでとう!!\(^O^)/
2011.12.04 弐号拝
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