みょうじなまえ扮する『クラウン』の出没するポイントはある程度決まっている。
『クラウン』は必ず人気のある場所を選ぶ。
月曜に海風館近くに現れるのは、月曜になるとその場所に人が集まるからだろう。
大体の目星をつければ、あとは待機していればいい。
その俺の考えは間違ってはいなかったらしい。
海風館近くに設置されたベンチに座っていた俺から30メートルほど離れたところで、ざわめき。
徐々に人が集まりだしている。
空っぽの紙パックを握り潰してビニール袋に突っ込むと、それを指先に引っ掛ける。
立ち上がってその人だかりから少し離れた、けれど人だかりの中心が見える場所に移動する。
人だかりの中心には、思っていた通りの人間が立っていた。
『クラウン』こと、みょうじなまえだ。
その格好はといえば、学校指定のジャージ。
胸元にあるはずの学年カラーの刺繍はないために、彼女の周りに居る生徒たちは彼女が何年であるかはわからないだろう。
それに、顔は仮面に覆われてわからない。
のっぺりとした白い仮面に、口と目の部分だけが三日月の形にくり抜かれている。
左目部分にはダイヤのマーク、そして右目部分の目尻に当たる部分には雫のマークという典型的なピエロメイク。
そんな姿をした彼女は、ただ立っているだけではない。
どうやら今日はジャグリングをしているらしい。
一言も言葉を発することなく人を夢中にさせていることから、腕前はそれなりなのだろう。
事実、遠目に見ていてもその腕は確かなものだとわかるほどだ。
そのジャグリングをしている姿が、一瞬乱れた。
大方動揺したのだろう。
ここに俺が立っていて、彼女の『クラウン』としての姿を見ていたということに。
それすら俺にとっては楽しみの一つだ。
人が動揺して慌てる姿は見ていて愉快になる。
それを人に言えば悪趣味だと言われるけれど、そんなことはどうだっていい。
要は自分が楽しければいいのだ。
それによって人がどう思おうが、どう言おうが関係ない。
動揺した彼女の姿を見て笑う俺の姿は、彼女からすれば腹立たしいものだろう。
人の失敗を笑うのか、と。



 ***



「悪趣味」

これから始まる授業がかったるいから寝ようと机に伏せた瞬間に頭上から降って来た声に顔を上げる。
そこに居たのは、予想もしない人物。
僅かな驚きに一瞬動けなくなるが、すぐにニタリと笑ってみせる。

「褒め言葉じゃな」
「性格ひねくれ過ぎて修正不可能なくらい歪んでんのね。同情するよ」

女子にしては低めの声が、痛いほどに冷たく刺さる。
俺に向けられる視線も、射殺さんばかりに鋭い。

「言ったじゃろ、見に行っちゃるて」
「人を馬鹿にして、見下して、それのどこが楽しいの」

教室のざわめきが俺とみょうじサンを中心に静まっていく。
俺の斜め前に座っている丸井なんて目をまん丸にしてこちらを見ている。
クラスの人間は誰もが俺とみょうじサンという組み合わせを不思議に思っているに違いない。

「よく言うじゃろ、『人の不幸は蜜の味』て」
「人の不幸でしか楽しめないの?」

人の失敗を見て笑う、人が慌てるのを見て楽しむ。
それ以外の楽しみがあっただろうか。
彼女の言葉にふと過去を思い出してみる。

「……もしもそうなのだとしたら可哀想、同情するよ」
「…っるさい!」

気付けば声を張り上げていた。
コイツが俺の何を知っていると言うのだ。
可哀想だ?
同情だ?
そんなものを求めた覚えは一切無い。
ただ俺は、俺が楽しければいいだけだ。
それを他人にとやかく言われたくなどない。

「人を馬鹿にして傷付けるようなことをしてまで楽しみたいの?それが、アンタの大切な人でも?」

馬鹿なことを言うやつだ。
自分の大切な人間相手にそんなことをするわけがない。

「アホ抜かすんじゃなか。不愉快じゃ」
「アンタが不愉快なのと同じくらいに不愉快な思いをしたんだから、これくらいの仕返しくらいさせて欲しいものだけど。……他の楽しみを見つけたいなら、昼休みに1号館屋上に来ればいい」

その言葉と同時に本鈴が鳴り響く。
ふっと視線がみょうじサンから逸れる。
視線を戻した次の瞬間には、彼女の姿はなかった。
気が付けば教室は本来のざわめきを取り戻していた。


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